エッセイ

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日本は喫煙者に甘すぎないか?! スペインエッセイ 連載第18回目 中村 設子

2014.12.10 Wed

 

 スペインで禁煙法が施行されたときには、正直、驚いた。今から、およそ8年も前のことになる。それまでは、喫煙マナーも何もあったものではなかった。それこそ、日本を発ちバルセロナの空港に到着するやいなや、到着ロビーでは、老若男女がさっそくスパスパやりはじめ、吸殻はポイ捨て状態。
 タバコの煙が苦手な私にとっては、何とも迷惑なのだが、愛煙家の好き勝手な振る舞いに、いかにもスペインらしいなあ・・・と思う場面でもあった。

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「禁煙法」が施行されてから、BARでは、愛煙家も気兼ねなく喫煙できるテラス席が増えた。皮肉なことに、嫌煙家は居場所を奪われた感じだ。

  ところが、禁煙法のおかげで、空港に到着して早々、いきなりタバコの煙を吸わされることは、まずなくなった。愛煙家がタバコをくゆらせているのがあたり前のBARでも、ほとんどのところで「喫煙禁止」のステッカーが一斉に貼られた(飲食店に関しては、100㎡以下の店では、禁煙か喫煙の選択が可能で、それより広いところでは分煙が義務づけられた)。当然、空港やBARだけではなく、公共施設や駅、オフィスでも「喫煙禁止」となった。
 イヤでもタバコの煙を吸わされるのはしかたがないと諦めていたBARで、鼻につく臭いも消えたのは、ほんとに嬉しかった。ただ、野外では喫煙が許されるので、テラス席のあるBARでは、愛煙家たちが席を陣取り、タバコをくわえている。テラス席でくつろぎたいと思っても、煙が押し寄せてくると思うと、渋々諦めざるを得なくなった。禁煙法による思わぬデメリットは、こんなところに出てくるのだなあ、と妙に納得した記憶がある。

  しかし、日本人から見れば、どう見ても、お行儀の良い国民性ではないスペイン人のこと、施行された当初は、BARでも、ズルをして吸っていたり、それを横目で見ていても見逃しているBARの経営者も多かった。だが、この禁煙法、実は2年前の2011年から、一層厳しくなった。クラブやディスコを含む飲食店内や屋内公共施設でも、すべて喫煙禁止になったのだ。

 欧米のなかでも、スペインはもともと喫煙率が高い国だ。法律ができたからといっても、いまだに未成年女性の喫煙率も高く、ベビーカーを押しながら、タバコをふかしている女性も結構いる。それでもここ数年、飲食店で平気でタバコをふかしているひとはまったくと言っていいほど、見かけなくなった。
 悪くいえば、結構、自分勝手な人間の多いスペインで、禁煙法は確実に成果を出しているといえるだろう。 

 1 (480x640)スペインでのことを考えても、つくづく日本は、禁煙への取り組みがあまりにも遅れていると思う。大半の大人たちが、特に居酒屋やアルコールが飲める飲食店で、煙がもうもうとしているのはしかたがない、煙から逃れることができないと、思い込んでいないだろうか。
 忘年会シーズンのこの頃、そうした場所に出向く機会が多いだけに、この現状にため息がでてしまうのは、私だけではないはずだ。

  愛煙家の方には申し訳ないが、タバコの煙は料理の味も香りも台無しにする。自分の判断で自らの命を縮めるのは勝手だが、周囲を巻き込むのはどうだろう。今さら、私が声を大にしていうことでもないが、受動喫煙による子どもへの健康被害は深刻だ。

 居酒屋に平気で赤ん坊を連れて行く若い世代の親たちもいれば、父親が赤ん坊のすぐそばで、タバコをふかして平気でいる姿も度々目にする。そうした親たちの気持ちを、私にはとうてい理解ができないが、子育てをしてきた私自身の経験上、愛煙家の親に育てられた子どもは、低体重や低身長になってしまう確率が高いのではないかと感じている。

 東京では、2020年の東京五輪の開催前に、東京都の飲食店などを全面禁煙化する「禁煙条例」制定の可能性が高まっているが、やっと日本も、ここまで来てくれたかというのが実感だ。オリンピックがスポーツの祭典であり、全世界の人々の健康の増進を目指すのはあたり前のことであり、むしろ日本ではこれまで、飲食店や公共の場での喫煙が許されてきたことのほうが、諸外国からすれば意外に思えるに違いない。モラルの高い日本のイメージとはかけ離れた、タバコに甘い日本社会を知ることになるだろう。

 「ストレスが強い人ほど、タバコを吸うのよね~」
と、バルセロナで暮らす、40代の友人が言ったことがある。サバイバルなこの都市で仕事に就き、女性がひとりで20年以上も自活し続けるのは、並大抵の精神力ではない。時にはしたたかなスペイン人に翻弄されながらも、たくましく生き抜いてきた彼女が言う言葉は、ひどく説得力があった。
 確かにそうだ。がんばって仕事をし、必死で生きている人に、結構な確率で愛煙家がいる。私の学生時代からの親友も、いまだにタバコを手放さない女性のひとりだ。
 地方の過疎地に住む彼女の口癖は
「食べていくのが、やっとや」である。
自営業の夫の収入は不安定で、子どもがふたりいる。それでも、生活に困窮した両親を、大阪から自分たちの家に呼び寄せ、すべての面倒をみてきた。
 実父が経営していた会社が倒産してから、両親は無一文になっていたからだ。年金もない両親を抱え、経済的な負担、日々のやりくりは、ずしりと彼女の肩に大きくのしかかった。さらに職を失った兄も居候になったと聞いたときは、一瞬、耳を疑った。
 そして、頼ってやってくる家族(時には友人までも・・・)を拒まない彼女の懐の深さと、彼女の夫の、人間の器の大きさに敬服した。

  もう何年も前になるが、ある冬の朝、彼らの家をたずねると、食器が山済みになった台所の隅で、しゃがみこんで、彼女はタバコを吸っていた。
「こうして一服していると、心が休まるねん・・・」
しゃがんだまま、私を見上げてクスッと笑う彼女に、
「いいかげんに、タバコなんか止めたら」
とは、どうしても言えなかった。
 そんな彼女は、これまで季節労働者をずっと続けてきたが、今月から、57歳にして、正社員として働くことになった。70歳まで働けるのだという。安定した生活をしていくため、家族を食べさせていくために、彼女は新しい人生を踏み出した。
 職場が、どうか禁煙でありますように・・・。私は願っている。そうすれば、少しでもタバコから遠ざかれる。私は彼女に元気で生きていてほしいのだ。

 タバコ社会を、どこかなあなあの状態で、許してしまっている私達。だが、それは喫煙者の健康にとっても、周囲の人たちにとっても、結果的に良いことは何もない。
 あの朝、凍える台所で、愛煙家の親友に、中途半端な態度をしかとれなかった自分自身への、自省の念を込めて、あらためて思う。

 

カテゴリー:スペインエッセイ

タグ:身体・健康 / スペイン / 中村設子

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