2015.01.05 Mon
昨年の12月14日、新潟で「冬のソナタ作家招請懇談会」という催しがあった。主催は新潟国際情報大学と駐新潟韓国総領事館。このようなイベントでコーディネーターを務めるのは初めての経験だった。冬ソナの脚本家たちにぜひ会ってみたいという一心で、迷うことなく引き受けた。前日、大宮から新幹線に乗ると窓の外はじきに雪景色となり、新潟駅周辺にも雪が積もっていた。地元の人によれば、この時期に雪が降るのは珍しいとのこと。お空の神さまも“冬ソナのイベントに雪は欠かせない”と気をきかせてくれたのかもしれない。
とはいえ当日は、雪と選挙が重なったので参加者の集まりが心配された。ふたを開けてみると、会場となった大学の講堂がほぼ埋まるほどの盛況ぶりだった。参加者の7~8割は中高年層の女性たち。私の役割は二人の脚本家たちから冬ソナにまつわる興味深い話を聞き出すことだが、これが思いのほか難しい。なにしろイベントが始まるまでの間に彼女たちと三度の食事をともにしながらあれこれと夢中で話してしまった。そのため、本番で改めて同じ話題について語り合うのがぎこちなく感じられたのだ。それでも、参加者たちの熱い視線がこちらに注がれていて、躊躇なんかしていられない。もう後は“おばさんパワー”で開き直り、夢中でパフォーマンスするしかなかった。幸い、フロアから多くの発言や質問もあり、活気のある場となった。
脚本家になるまで
さて、この機会に冬ソナの脚本家たちの経歴を簡単に紹介しておきたい。その主人公はキム・ウニ(金恩姫1973~)さんとユン・ウンギョン(尹銀卿1974~)さん。二人とも冬ソナを書いたときは20代の後半で、ドラマ作家としては初心者だった。このドラマがヒットしたことで主演俳優のペ・ヨンジュンやチェ・ジウ、演出家のユン・ソクホ監督は脚光を浴び、賞もたくさんもらった。だが、脚本家の方は、新人だったせいかあまり注目されなかった。そのことについて尋ねたら、「そもそもドラマが成功すると俳優や演出家の手柄とされ、失敗すると脚本家の責任にされる傾向がある」との冷静なコメントが返ってきた。
二人が出会ったのは韓国芸術総合学校(写真)の映像院。それぞれ一般の大学を卒業した後でここに進学した。この学校は1990年代の初めに設立された少数精鋭の芸術系国立大学である。音楽院、演劇院、美術院、舞踊院など八つの領域がある。学部と大学院合わせて約3000人が在籍する。二人が入学した当時の映像院(1995年開院)シナリオ科も新入生はたったの5人。互いの初印象は「あまり良くなかった」そうだ。しかし、協力して切磋琢磨するうちに親しくなったという。
2001年、二人は「ホモファーベル」という短編映画を共同制作する。この映画は釜山国際短編映画祭で優秀賞を受賞するなど、国内外の映画祭で高く評価された。内容は、スイートホームの裏に潜む権力関係を権威的な父親と息子を通して描いたもの。私もネットで見てみたが、最後の場面が強烈で冬ソナのイメージとはかけ離れている。ホラー映画祭でも上映されたとか。
チャンスをつかむ
映画を志していた二人がドラマの脚本を書くことになったきっかけは、それこそドラマのようだ。二人で書いた映画のシナリオが某公募展の本選で惜しくも落ちてしまったのだ。それが残念だったユンさんはKBSの脚本公募があることを知って、急きょドラマ用の脚本に書き換えて締切の最終日に提出した。それもあいにく選からはもれた。ところが、その脚本が放送局のPD(演出家)の目に留まり、ユン・ソクホ監督(写真)を紹介されたのだ。ユン監督は1985年にKBSに入社し90年代初めからドラマの演出を手掛けてきた。
その作品の多くがKBSの優秀番組賞を受賞するほどの実力派。この監督と初めて会った時は仕事につながる話はなかったものの、しばらくしてユン監督から連絡がきた。何の準備もなかった二人は、“これはチャンスだ!”と思って、監督に「一週間だけ時間を下さい」と頼み込んだ。二人は部屋にこもって冬ソナのストーリーを考え、一気に一話分の脚本を書き上げたという。
こうして「冬のソナタ」の企画が進み始めた。だが周りからは、“新人作家に任せて大丈夫か?”との不安の声もあった。それで、ユン監督の前作「秋の童話」の脚本を書いた先輩作家オ・スヨンがストーリーテラーとして参加した。だが、あくまでも冬ソナの脚本を書いたのは二人である。また、ユン監督の代表作となった「秋の童話」、「冬のソナタ」、「夏の香り」、「春のワルツ」という連作“四季シリーズ”のアイディアを出したのも彼女たちだった。ドラマを構想する際に、ユン監督の前作が“秋”を基調にしていたので、今度は“冬”をもってこようと提案したのだ。ちなみに二人は「夏の香り」の脚本も書いている。
「冬のソナタ」を書く
映画のシナリオばかり書いてきた彼女たちにとって、慣れないドラマの執筆は大変だったはず。韓国ドラマのほとんどは事前制作ではなく、制作中からテレビ放映が始まり、ほぼ同時進行になってしまうことはよく知られている。その一因は、番組編成上の放送枠が取れてから放送開始までの期間が短いからだ。放送が決まるとキャスティング、脚本、撮影を大急ぎで進めていかなければならない。しかし、そんなに急いでも制作がすべて終わらないうちに放映が始まる。冬ソナも例外ではなかった。キムさんたちは6話までは順調に書き進めたが、その後が大変だった。次の放送までの一週間があっという間で、まさしく“時間との闘い”だった。キムさんは「美しいセリフを考える余裕などなく、頭に浮かぶセリフを片っ端から書き下ろすのが精一杯だった」と振り返る。
ちなみに、ドラマの事前制作については否定的だ。むしろ、放映中のドラマに対する視聴者の声を聞き、それをドラマ作りに反映するのがダイナミックでよいとの意見だった。作り手も見る側も一緒になってドラマを作る、という感覚かもしれない。
イベントでは最初に、ミヒとチュンサンを中心に編集した映像を30分ほど流し、キムさんたちにも見てもらった。私が個人的にもっとも関心をもったミヒ(未婚の母)とチュンサン(“私生児”)の物語について、意見を訊ねてみたかったからだ。結論からいえば、彼女たちには私のような思い入れがあったわけではなく、むしろ私のような見方は目新しかったようだ。ミヒについては「心が幼い未熟なひと」として描いたとのこと。また、「当時は自分たちが若くてわからなかったが、結婚して子どももいる今なら、ミヒの気持ちをもっとうまく描けたかもしれない」と語った。
韓国人はドラマ好き
私は“〇〇人は~だ”という言い方はあまり好きではないが、とにかく韓国はドラマ好きの多い社会である。最後にその理由を訊ねてみた。ユンさんの答えは、「韓国人は他人のことに首を突っ込むのが好きだから(오지랖이 넓어서)」と表現した。「お隣さんの冷蔵庫の中身まで知っている。世話好きで面倒見がよく、時にはそれが余計なおせっかいでうっとうしくなったりもする」。つまり、人間関係の距離が近く、周囲の人への関心が強いことがドラマ好きにつながるという解釈である。
それは家族や友人同士のスキンシップの濃さとも関係する。韓国では異性間のみならず、親と子、同性の友人同士もハグや腕組みなどはあたりまえ。私も留学先の韓国で初対面のクラスメイトに手を握られて食堂まで連れて行かれ、戸惑ったものである。冬ソナにはチュンサンとミヒがハグする場面が何度も登場する。ミヒとチュンサンのように母親と青年期の息子がハグする姿は日本ではあまり見かけないと言ったら、これには驚いていた。[写真は左からキムさん、筆者、ユンさん、通訳の平山さん]
人生を変えた冬ソナ
フロアとの質疑応答では、「これを言わなければ一生後悔するので」と前置きして語り始めたある女性の発言がとても印象的だった。簡単に言えば、「冬ソナは私の人生を変えてくれた。素晴らしい脚本を書いてくれて本当にありがとう!」という感謝の気持ちを語ったのだ。人生が変わった理由も話して下さった。きっとこれは多くの韓流ドラマファンに共通する思いであろう。会場からも大きな拍手が沸き起こった。
イベントが終わると脚本家たちにサインをしてもらおうと、あっという間に長蛇の列ができた。多くの女性たちが10年ほど前に日本で出版された冬ソナ関連本を持参していた。キムさんとユンさんに、日本での根強い冬ソナ人気と、女性たちに与えた影響の深さを実感してもらえたに違いない。打ち上げの後、ホテルまで歩いて帰る途中、二人の様子をそっと観察してみた。彼女たちは小声で歌をハミングしたり、ピンポンのようなおしゃべりラリーをずっと続けていた。息の合った仲良しコンビの二人が次はどんな作品を生み出すのか楽しみである。
写真出典
イベントのポスター
http://www.kyosu.net/news/articleView.html?idxno=4357
http://www.koreafilm.co.kr/movie/shortfilm/homo_faber.htm
http://article.joins.com/news/article/article.asp?total_id=6887597&ctg=1502
http://ask.nate.com/qna/view.html?n=6333487
その他、筆者撮影
<キムさんとユンさんが共同執筆した作品一覧>
「冬のソナタ」KBS、2002年(全20話)
「夏の香り」KBS、2003年(全20話)
「らんらん18歳」KBS2、2004年(全16話)
「知るようになるさ」KBS2、2004年(全19話)
「雪の女王」KBS2、2006~7年(全16話)
「ラブトレジャー」MBC、2008年(全17話)
「お嬢様をお願い」KBS2、2009年(全16話)
「総理と私」KBS2、2013~14年(全17話)
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