エッセイ

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新エッセイのお知らせ~『乳がんを寄せつけない暮らし』にむけて  中村 設子

2015.02.13 Fri

病を経て得たもの~スペイン「巡礼路」からの目覚め

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自然豊かな「巡礼路」では、シンボルの帆立貝のマークと、矢印を確認しながら、ひたすら歩いていく

 スペインの北部に、「カミーノ」と呼ばれる「巡礼路」がある。この路はいくつかのルートがあるが、ピレネー山脈を超えたフランス側から歩くルートが王道とされ、全長は800キロ。中世のキリスト教巡礼がルーツだが、今では宗教や人種にかかわらず、世界中から人々が訪れる。1日に20キロとして、およそ40日間かかかるため、何回かにわけて全行程を制覇する人も多い。

 私もいつかきっと歩きたい…と思っていたひとりだった。だが、1年半前に、そのチャンスは突然、やってきた。1週間かけて、100キロを黙々と歩いた。

 

 私とスペインとの関わり合いは80年代半ばからで、ずいぶん長い付き合いになる。特に足しげく通ったのは2002年からのおよそ8年間だった。 日本とバルセロナを行き来しながら、祭りや文化活動に関わる市民集団を調査するフィールドワークを続けてきた。頼まれもしない論文を夢中で書いた。
 ところが、能力不足と人間関係に悩み、心身ともにかなりの無理が重なったころ、病が見つかり、原稿を書くどころではなくなってしまった。
 手術は成功して、命は助かった。いや、助けてもらった。しかし、精神的にはなかなか立ち直れず、ただぼんやりと生きるのが精一杯の日々が続いた。恥ずかしい話だが、いい歳をして、脆弱な精神力しか持ち得ていない自分自身をまざまざと知ることになった。

  そんな私に、バルセロナ在住の友人(画家)が、バルセロナで開催される企画展への参加を勧めてくれた(詳しくはスペイン-エッセイ第1回 東北被災地支援イベント「KOREKARA JAPON」~しなやかに輝く女性たちを読んでいただけるとありがたい)。
 アーティストが自分の作品をギャラリーで発表して販売し、その収益金をすべて、被災地への義援金として寄付するものだった。バルセロナと縁の深い私も「書」の作品を提供させてもらうことになった。

 「芸は身を助ける」ではないが、長年続けてきた「書」によって、再び、スペインに出向くことになるとは、想像すらしていなかった。さらにここで、私はいっしょに「巡礼路」を歩くことになる友人と、まるで導かれるようにして出逢ったのだった。

生きる責任とは、なんだろう

  私が経験した大病は、「乳がん」だった。突然訪れた、片方の乳房を切除するという現実は、これまでの人生の中で、最も厳しいものだった。
 しかし、変な話だが、7年前にこの病気を経験していなければ、バルセロナで「書」の作品を発表することもなかっただろし、「巡礼路」を歩く夢も、未だに実現できてはいないだろう。

 私は「巡礼路」を歩いてから、『生きるための乳房再建』という電子図書を出版した。「乳がん」で乳房を切除した女性の再建率は、日本の場合、欧米に比べて極端に低い。それは「おっぱい」を失ったままで、その後の人生を生きる人たちがどれほど多いのかも示している。
 私はこの経験を、ただ辛かった思い出だけで終わらせたくない、無駄にしたくないという思いで、3年がかりで書いた本を世に出した。うろたえ、みっともない自分をさらけだし、迷いと葛藤の心の内も正直に書いた。そして何より、「乳房再建」がどれほど生きる勇気と希望を与えてくれたかを伝えたかった。

  その後、取り組んできたのが、『乳がんを寄せつけない暮らし』とタイトルをつけた本の執筆だった。電子図書では書ききれなかったこと、私自身がこの病気を経て、気づいたことなどを綴っている。具体的には、私が試行錯誤しながら行き着いた食事法や、運動、生活習慣などが中心だ。
 その根底には、ぜったいに「乳がん」で命を落とすことがないようにしてほしいという、強い願いがある。そして例え病気にかかっても、あきらめないで、前向きに生きてほしいという、祈りにも似た想いがある。

  自分の「からだ」に責任を持つことは、「自分の人生」に責任を持つということだ。私たちには親から与えてもらったこの命を守り、これからも育んでいくという責任がある。その責任をまっとうするには知恵と工夫がいる。それを意識することなく、私たちは日々の忙しさと、情報の洪水に埋もれたままで生きていないだろうか。
 かつての私自身がまさにそうだった。
 現代社会に生きる私たちは、否が応でも、さまざまな角度から、心理的にも身体的にも多大な影響を受ける。だからこそ、無防備では、自分を守れない。したたかにたくましく生きるには、ちょっとした工夫がいるのだ。

  私は少しでも誰かの役に立つ(=可能性のある)情報を発信していきたい。その場所として、WANの片隅で、書かせていただきたいと思う。人生の流れを受け入れて、「巡礼路」をひたすら歩いたあの時のように、生きる意味を考えながら…。

 *2013年から続けてきた、スペイン・エッセイの連載にひとくぎりをつけ、来月からは『乳がんを寄せつけない暮らし』と題したエッセイをスタートさせていただきます。

<このエッセイは、3月から毎月10日に掲載します。(編集より)>

カテゴリー:乳がんを寄せつけない暮らし

タグ:身体・健康 / 乳癌 / 中村設子