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映画の中の女たち(10)自分を忘れていく女 『アリスのままで』/アリス 仁生 碧

2015.07.03 Fri

☆このコーナーでは、登場人物の女性像に焦点を合わせて新作映画をご紹介します。

この映画の舞台はアメリカ東海岸。主人公のアリスは、高名な言語学者でコロンビア大学の教授。夫のジョンも医学博士で大学教授、長女アナは弁護士、長男トムは医学生という知的エリート一家です。映画の冒頭、彼女は、愛する家族に囲まれて幸せな50歳の誕生日を迎えたばかり。唯一の気がかりは、自由な生き方を選択している、その場にいない、女優の卵の次女リディアのことだけです。

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しかし、間もなく異変が訪れます。アリスは、講演中に言葉を思い出せなくなり、勤務先の大学構内でのジョギング中に道に迷ってしまうなど、物忘れが度々起こります。不安に駆られた彼女は、ついに神経科の門をたたきます。そして各種の検査の結果、若年性アルツハイマー病と診断されるのです。

この話が見ていて非常に辛いのは、言語の専門家であり、最高の知的レベルにあった女性が、見る見るうちに言葉と記憶を失っていき、それについて家族にはなすすべもないことです。さらに悲劇的なことに、アリスのアルツハイマー病は極めて稀な遺伝性のものであり、子どもたちへの遺伝の確率はそれぞれ50%、もし遺伝子を持っていれば発症率は100%であるという事実がわかります。母として、愛する子どもに致命的な病気の原因を植え付けてしまったかもしれないという意識は、自分の病そのものよりも、なお一層深い苦しみをもたらすのではないでしょうか。

stillalice_20march14_975しかし一方で、夫や子供たちがなかなかアリスの病気を受け入れられず、戸惑うなかで、アリス自身は、なんとかいろいろな工夫をしながら、でき得る限り自分の生活をコントロールし続けようとします。そしてアリスは、まだ自分が何をしているか認識できる段階で、一つの決断をします。それは自分へのあるメッセージを残すことでした――。

この映画は、アルツハイマー病という現代医学ではコントロールできない病を得たアリスに対し、彼女自身とそれぞれの家族が、生活と人生のなかでどう向き合っていくのかを描いており、否応なく観客に、もし自分や家族が同様の状況に陥ったらどうするだろう、ということを考えさせます。もし自分がかかったら、果たして家族は面倒を見てくれるだろうか。家族がかかったら、果たして自分は面倒を見られるのだろうか……。これは、誰にとっても非常に厳しい問いなのではないでしょうか。

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アリス役のジュリアン・ムーアは、この映画で、今年度のアカデミー主演女優賞を獲得しました。人生の絶頂期に「自分自身の存在を失う」にも等しい宣告を受け、絶望に駆られながらも、最後まで尊厳を失わない生き方を貫こうとするアリスの姿、そして彼女と家族との絆は、感動と涙を誘います。

この映画の2人の監督のうちの1人、リチャード・グラッツァーは、別の難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)で、この映画を撮り終えた後、今年3月に亡くなりました。人がその人自身であることを定義づけているものは何なのか――心か、体か、記憶か、知識か、感情か、それとも別の何かか? 原題の Still Alice は、それを観る人に問いかけているような気がします。

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 『アリスのままで』/Still Alice
新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか 全国上映中

http://alice-movie.com/

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カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 特集・シリーズ / 映画の中の女たち

タグ:映画 / 介護 / 母と娘 / 認知症 / アメリカ映画 / アカデミー賞 / 仁生碧 / 女と映画 / 遺伝子診断