2015.08.05 Wed
ドラマ「パンチ」(全19話、SBS2014-15)は見応え満点の作品である。主な舞台は最高検察庁。3か月の余命宣告を受けた検事パク・ジョンファンを主人公に、権力の中枢にいる者たちの生き様を描く。ストーリーの主軸には検事総長と法務部長官の権力争いが据えられる。正義と法を守るべき人間たちが、出世や保身のためにつぎつぎと陰謀を企て不正をはたらく。「正義のために」という名分すらも不正に利用されるアイロニー。意表をつく展開と含蓄のあるセリフ、そして役柄にはまった俳優たちの演技力がすばらしい。このドラマを見れば夏の暑さが吹き飛んでしまうかもしれない。
困難な境遇の中で
主人公のパク・ジョンファン(俳優キム・レウォン)は貧しい家庭の出身だ。そのため地方大学に進むしかなかった彼は、必死に勉強して検事になった。新任検事代表として、法と正義そして国民のために尽くすと宣誓をしたときは本気だった。だが、検察も学閥や人脈がものをいう世界。頼れるものが何もなかった彼は、いくら有能でも出世が難しい。そんな時、ソウル地検の公安部長だったイ・テジュン(チョ・ジェヒョン)に誘われ、腹心となった。それ以後、イ・テジュンに絶対服従し、権力を握るためにあくどいことでも何でもやってきた。そしてついにイ・テジュンが検事総長になり、ジョンファンも最高検察庁入りを果たす。だが、その矢先に脳腫瘍で3か月の余命宣告を受ける。
検事総長になったイ・テジュンもジョンファンと同様に貧しい家庭の出身である。子どものころ親を亡くし、兄のテソプを親代わりとして生きてきた。兄は、故郷のダム建設にともなって役所から支給された両親の墓の移転費用を自分の学費にあててくれた。いまの自分があるのは兄のおかげ。二人でクズの根をかじって飢えをしのいだ時も兄は自分に大きな方を譲ってくれた。その時の苦しかった体験がテジュンの原点となっている。テジュンは兄を心から慕い、その夢(弟テジュンの出世)を叶えてあげたかった。そんなテジュンにとって検事総長の座は最終目標に行きつくための道程に過ぎないのだ。
人生は選択である
ジョンファンには離婚した前妻シン・ハギョン(キム・アジュン)と娘のイェリン(キム・ジヨン)がいる。シン・ハギョンも有能な検事である。ハギョンは検事になりたての頃、正義感あふれる検事だったジョンファンに惹かれて結婚した。ところがジョンファンが強欲なイ・テジュンと手を組む道を選んだため、離婚した。余命宣告後にジョンファンがコネの力で娘を国際小学校に入学させようとした時も、きっぱり断った。娘には正義が実現する社会で生きてほしい。そのためには親が後ろめたい生き方をしてはいけないと信じているからだ。ハギョンは検事総長と元夫の不正を暴くために、「法は一つ」と原則を貫く法務部長官ユン・ジスク(チェ・ミョンギル)の側に立った。
一方、法務部長官ユン・ジスクは、代々法曹界の重鎮を輩出してきた名家の出である。多くの人脈に支えられ、難なく出世コースを歩んできた。ソウル中央地方検察庁の検事長から法務部長官へと抜擢されたのも、そうした背景が一役買っている。彼女は女性として社会の弱者の側に立ち、法は誰にとっても一つであると説く。そんな彼女にとって検事総長のイ・テジュンは社会悪の権化のような存在だ。イ・テジュンを権力の座から引きずりおろし、社会正義を打ち立てるのが自分の使命だと思っている。
悪か極悪か
しかし、イ・テジュンからすれば、ユン・ジスクは玉の輿に乗って法務部長官になった苦労知らずのお姫様である。そんな特権階級の人間たちに負けてたまるかという思いが強かった。それに、一見潔白そうに見えるユン・ジスクも、息子の兵役忌避不正には目をつぶり、その責任を取ろうとしない。そのことがアキレス腱となって、その後のイ・テジュンとの闘いに苦戦する。
このドラマに描かれる人物たちは悪人と善人に明白に分かれるわけではない。とことん悪行をはたらくイ・テジュンですら、不思議と味のある好人物に見える時がある。また、正義派を標榜するユン・ジスクも、息子を守ろうとして大きな過ちを犯すのだ。ドラマの展開は最後の最後まで予断を許さない。主人公のジョンファンは結局死ぬけれども、彼はハギョンにも、イ・テジュンにも力強いメッセージを残して生き抜こうとする。
話題性の高いドラマ
ドラマに登場するエピソードは実際の人物や事件を連想させる。そのため、法曹界や政界でもこのドラマが話題になった。報道によれば、前職の法務部長官や検事総長たちが集まった席でこのドラマが話題となり、「こんなドラマが放映されているのに法務部は何をしているんだ!」と現職たちを叱ったそうである。それに対して法務部の高官が「ドラマはドラマに過ぎません」と言った。すると「ドラマを見た人たちは法務部長官や検事総長、検事がみんなあんな風だと思うではないか」と怒ったとか。結局、非公式に脚本家と放送局に抗議したそうだ(朝鮮日報2015.02.17)。
脚本は「追跡者」(本欄54)を書いたパク・キョンス。「黄金の帝国」(2013)に次ぐ三部作といってもおかしくない。舞台は政界、財界、司法界といずれも異なるが、貧しい庶民出身の男性が権力にいどむという構図が共通している。「パンチ」では、ジョンファンが病と闘いながら手にした正義への微かな希望を、劇的な形でハギョンとイェリンという女たちに託す形でしめくくられる。最高視聴率14.8%。同時間帯のドラマの中でもっとも人気があった。今年5月に開かれた百想芸術大賞で、パク・キョンスが脚本賞を受賞した。年末のSBS演技大賞でもきっといろんな賞を受賞するのではないかと期待している。
俳優たち
主人公を演じたキム・レウォンも熱演したが、もっとも印象的だったのは検事総長イ・テジュン役を演じたチョ・ジェヒョン(1965~)。彼は青年期にずいぶん彷徨したらしい。80年代の後半から映画、演劇、ドラマに出演したがあまりぱっとしなかった。1995年、映画監督の金基徳(1960~)に出会い、その初期の5つの作品(「鰐」96、「野生動物保護区域」97、「島」2000、「受取人不明」2001、「悪い男」2002)に出演した。ドラマでは昨年、KBS大河ドラマ「鄭道伝」の主役を演じ、高く評価された。近年はDMZ国際ドキュメンタリー映画祭の執行委員長、京畿道文化の殿堂理事長、その他、大学の講師やいろんな広報大使を務めている。また昨年、ソウルの大学路(東崇洞)に開館した複合シアター<スヒョンジェシアター>のオーナーでもある。
法務部長官ユン・ジスクを演じたチェ・ミョンギル(1962~)も今が第二の全盛期かもしれない。1980年代はじめにデビューし、多くのドラマに出演してきた。80年代の大河ドラマ「朝鮮王朝5百年」(シーズン制)、「龍の涙」(1996)、「明成皇后」(2001)、「大王世宗」(2008)、「近肖古王」(2010-11)など時代劇でもお馴染みの俳優だ。個人的には、「憎くてももう一度」(2009)の会長役で強く印象づけられた。近年は現代ものにも数多く登場している(「栄光のジェイン」2011、「金よ出てこいコンコン」2013、「未来の選択」2013、「青い鳥の家」2015)。夫のキム・ハンギル(1952~写真)は小説家出身の政治家だ。国会議員(新しい政治民主党)として四選を果たした。党代表や文化部長官を務めたこともある。チェ・ミョンギルが法務部長官を演じるにあたっては、練習相手を買って出たそうだ。
ちなみに韓国では盧武鉉政権下の2003年、女性で初めての法務部長官が誕生した。長官に抜擢されたカン・グムシル(康錦実1957~)は弁護士出身の46歳。検察の序列を無視した異例の人事ということで、就任前から誹謗中傷が飛び交った。就任早々、「大統領と一線検事との対話」という特別番組に登場して存在感を示した。そこで検事たちとの疎通に成功したカン長官は、在任中、大胆な検察改革を断行し、戸主制廃止にも取り組んだ。しかし、10期先輩の検事総長とは葛藤が絶えなかったとのこと。いずれにしても、ドラマの中の女性法務部長官や女性検事の姿にはまったく違和感がなかった。いまやそれが自然なこととして受け入れられているようだ。私が韓国に留学していた90年代とは隔世の感がある。
写真出典
https://namu.wiki/w/%ED%8E%80%EC%B9%98(%EB%93%9C%EB%9D%BC%EB%A7%88)
http://cicicoo.tistory.com/100
http://lukebonipasio.tistory.com/329
http://medicalworldnews.co.kr/news/view.php?newsid=1382074359
http://www.hangillo.net/info_hangill/18607
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000200862
カテゴリー:女たちの韓流