2015.09.05 Sat
この夏、中国で東アジアカップ(東アジアサッカー連盟主催)の決勝大会が開かれた。女子の部は2005年に始まり、今年で5回目。決勝大会は予選を勝ち抜いた4チームによる総当たり戦だ。結果は朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)が優勝、韓国が準優勝、3位日本、4位中国の順。北朝鮮はこれまで4回出場し、前回に引き続き優勝を果たした(写真は北朝鮮チーム)。
普段はほとんど韓国ドラマしか見ないが、なでしこジャパンと北朝鮮代表チームの試合を見たのがきっかけで、北朝鮮の女子サッカーチームに興味がわいた。そもそもなんでこんなに強いのか? 近年、北ではスポーツドラマの人気が高いという。ならば女子サッカーを題材にしたものもあるかもしれない。そう思ってネット検索してみると、案の定すぐに見つかった。それが今回ご紹介するドラマ、「われらの女子サッカーチーム」(全5話、朝鮮中央TV1、2011)である。
このドラマは2006年にロシアで開催されたFIFA U-20 Women’s World Cupで優勝した時の北朝鮮代表チームの物語を描いたものだ。テレビジョン劇創作団が制作し、体育省が後援した。脚本オ・ヨンリム、演出チャ・スク。FIFA(国際サッカー連盟)傘下の大会でアジア勢の優勝が初めてとあって、国内外から大きく注目された。これをドラマ化しようという考えも当然出てくるわけだ。
だが、 ドラマが放映された2011年には、FIFA女子ワールドカップ本大会で北の選手5人のドーピングが発覚し、次回大会(2015)への出場資格をはく奪された。これは大きな痛手だったはずだが、その後、東アジアカップ(2013年)と仁川アジア大会(2014年)で優勝するなど、女子サッカーの勢いは衰えていない。昨年はこのドラマが再放送されたのに加えて、女子サッカー選手の成長を描いた小説『サッカー少女』(キル・ソングン著、金星青年出版社)も出版された。
主人公は監督
さて、ドラマの中心はチームの監督リ・ジョンウ(俳優キム・チョル)。いまは朝鮮人民軍の体育部門で重責を担う地位にある。ドラマは、軍服姿のジョンウがかつての選手とともに、5年前の国家代表チームを率いた頃を回想するシーンから始まる。大筋は以下の通り。
ジョンウが国家代表チームの監督に就任したのは、世界選手権大会三か月前だった。それまで10年間、代表チームの監督を務めてきたのはベテランのトンウ(キム・スイル)。トンウの指導のもとで代表チームは着実に実力を高めていたが、優勝するまでには至っていなかった。そこでトンウは、三か月後に控えた国際大会で優勝するために辞任を決意する。そして、後任としてジョンウを推薦した。チームが勝つためには、訓練方法に関して斬新なアイディアをもつジョンウのような指導者が必要だと思ったのだ。トンウの決心は上部の委員会でも「良心と愛国心によるもの」として高く評価された。
監督に就任したジョンウは、「サッカーも科学である」をモットーに新たな訓練計画を立てる。それまでは肉体を鍛えることが最も重視されていたが、ジョンウは「技術戦」の重要性を説き、数学や物理の問題を解くなどの知能訓練も取り入れる。だが、ジョンウが取り組まなければならない課題は、家族や選手、上部との葛藤など、たくさんあった。ドラマはジョンウがそれらの問題を一つ一つ乗り越えて、チームを勝利に導く姿を描いている。
“ひとりはみんなのために”
いろんなエピソードがあるが、中でも大きな課題として描かれているのが個人主義の克服である。例えば、チームのトッププレーヤーであるヨンヒは、新人の起用に反対した。「みんなが私にボールを回すようにすればいい」と言う。監督は、そんな個人プレー中心主義を容赦せず、その態度を「集団主義を無視した危険な行為だ」と批判する。そして、周囲の反対にもかかわらずヨンヒを資格停止処分にして、練習試合にも出場させないほど厳しく罰した。
また、 一人息子のヨンホのこともジョンウの大きな悩みの種として登場する。ジョンウの家は三代にわたるサッカー家族。ジョンウの父親はかつて国家代表チームの監督だった。ジョンウも代表選手でチームの主将を務めた。できれば息子にも同じ道を歩んでもらいたかった。それで、子どもの頃、数学に秀でていた息子に無理矢理サッカーを教え込み、それなりに優秀な選手に育てた。しかし、ジョンウは客観的な資料に基づいて、ヨンホの実力が国家代表チームの選手としては足りないことを知る。それなのに代表チームの最終名簿に息子の名前が含まれていることを知り、男子チームの監督にヨンホの名を削除するよう頼むのだ。コネで息子を代表選手にするよりも、もっと実力のある選手が活躍し、国の名誉を守ることが大事だと思ったからである。
一方、女子サッカーチームの有望株である新人のポッキは、母親の反対に直面していた。母親のリョニは小柄なポッキがサッカー選手として過ごすことには反対なのだ。リョニもかつて体操の選手だった。だが国際試合で勝てず、結局選手生活を辞めた痛い経験があった。その後、運よく対外事業部で働き、今は出世している。だから娘にも国際的なサッカーの名手になれる見込みがないのであれば、さっさと大学に進み、親の仕事を継いでもらいたいと思っている。
リョニは監督がポッキ(写真)をチームから手離さないと知るや、監督よりも地位の高い副局長を訪ねて行って「 娘を代表チームから外してほしい」と頼む。それも拒否されると、今度は匿名で選手たちに差し入れをして、ジョンウを自分のオフィスに呼び出す。そこで何とかジョンウを説得しようとするが、「ポッキは必ず国際的なサッカー選手になる」と言ってジョンウは譲らない。当のポッキも、「自分の娘のことだけ考えようとするお母さんが恥ずかしい」と母親を面と向かって批判する。「私がサッカーをするのは国のためであり、自分はかならずや祖国の名誉を世界に知らしめ、祖国の娘になる」と逆に親を説得するのだ。
ジェンダー表象
こうして監督ジョンウと選手たちはさまざまな問題を克服して、いよいよ大会にいどむ。このあたりから物語の中に“党”や総書記の存在がクローズアップされる。ジョンウの息子ヨンホは代表チームからもれて地方で労働者として働いていたが、大学に進学することになった。それは、ジョンウの心配事をなくして監督の役割に専念してもらおうという党のはからいなのだ。
ドラマの終盤、大会が始まり、北朝鮮代表チームは快進撃を続けた。そしてついに決勝進出が決まる。みな喜ぶ反面、決勝戦で勝たねばならないというプレッシャーも強い。そんな代表チームのもとへ祖国から金正日総書記の贈り物をたずさえた使者がやってくる。選手たちは民族衣装のチマチョゴリを受け取って感激のあまりにむせびなき、祖国のために一層頑張ろうと誓う。ここで総書記は「慈悲深い父親」として描かれる。
それとは対照的に、ポッキの母親は「虚無主義」に陥り、自分の娘のことしか考えない「盲目的な母性愛」をもつ存在として描かれる。また、監督とコーチ(すべて男性)たちは、「やはり女は男より心が狭い」などと話していたりする。女子選手たちはグラウンドと寄宿舎以外では常にスカート姿でヒールのある靴をはいている。何度か登場する軍服姿も例外なくスカートである。「~らしさ」の中身は一定しているわけではないけれど、“女性”と“男性”という枠組みは北朝鮮社会の重要な要素の一つであることがみてとれる。ジェンダーの視点からは気になるところだ。
“人民俳優”
ジョンウを演じたキム・チョルとトンウを演じたキム・スイルは「人民俳優」の称号を持つ有名な俳優たちだ。人民俳優とは「文化芸術部門で特別な功労や功績を建てた者たちに授与される栄誉称号」で、トップクラスの俳優ということになる。しかし、ドラマの中のジョンウは、いつも堅い表情をしていてセリフも少ない。北朝鮮の人々からすれば、ジョンウという役柄にはこうした演技がふさわしいと思われているのだろう。全体としては俳優の動きや声の調子がアニメーションのような印象を受けた。
実際の選手たち
最後に実際の選手について触れておこう。今年の東アジアカップで得点王に輝いたのは北朝鮮代表チームの背番号10番、ラ・ウンシム(羅恩心1988~)選手だった(写真[2014]中央・仁川大会で韓国選手たちと)。昨年の仁川アジア大会の日本との決勝戦でも1ゴール決めている。ドラマの中でポッキとして描かれているのがどうもこの選手のことらしい。ラ・ウンシム選手も2006年の大会に出場している。母親が反対したことや“小柄”と言われたこと、それに背番号も同じだからだ。
今年の夏の決勝戦で北朝鮮と対戦した韓国チームは、ラ・ウンシム選手をもっとも警戒したという。試合中は闘志を燃やしたが、試合が終われば南北仲睦まじく記念写真を撮った。韓国のマスコミによれば、北の主将ラ・ウンシム(写真右端)と南の主将チョ・ソヒョン(茶髪)はこれまで何度か国際試合で顔を合わせ、親しくなった。年齢も同じとあって会えば気さくに話をするそうだ。この夏、南北は軍事的緊張が極度に高まったけれども、写真の中の無邪気な笑顔を見ると、なんとも微笑ましい限りである。
写真出典
http://article.joins.com/news/article/article.asp?total_id=18413086
http://blog.unikorea.go.kr/4824
http://www.rfa.org/korean/weekly_program/radio-world/radioworld-07272011155243.html
http://unibook.unikorea.go.kr/main.jsp?sub_num=62&state=view&idx=540
http://news.sbs.co.kr/news/endPage.do?news_id=N1002612888
http://mnews.joins.com/news/article/article.aspx?total_id=18416944&cloc=joongang%7Cmnews%7Cmainnews
参考記事
チェ・ソン「女子サッカーの人気はどこまで?」統一部(2015.2.24)
http://blog.unikorea.go.kr/4824
中央日報「北韓ナウンシム・南韓チョソヒョン、二人のサッカー選手の“密談”」(2015.8.9)
http://article.joins.com/news/article/article.asp?total_id=18415861&cloc=nnc
ドラマ視聴サイト
第1話https://www.youtube.com/watch?v=pcNdTU9S0gc
第2話https://www.youtube.com/watch?v=GEbpfXbyEk8
第3話https://www.youtube.com/watch?v=QqdIaPHWN5Y
カテゴリー:女たちの韓流
慰安婦
貧困・福祉
DV・性暴力・ハラスメント
非婚・結婚・離婚
セクシュアリティ
くらし・生活
身体・健康
リプロ・ヘルス
脱原発
女性政策
憲法・平和
高齢社会
子育て・教育
性表現
LGBT
最終講義
博士論文
研究助成・公募
アート情報
女性運動・グループ
フェミニストカウンセリング
弁護士
女性センター
セレクトニュース
マスコミが騒がないニュース
女の本屋
ブックトーク
シネマラウンジ
ミニコミ図書館
エッセイ
WAN基金
お助け情報
WANマーケット
女と政治をつなぐ
Worldwide WAN
わいわいWAN
女性学講座
上野研究室
原発ゼロの道
動画







