2015.09.15 Tue
瀬戸内海に浮かぶ小さな島・豊島(てしま)に、天に向かってぽっかりふたつの大きな穴が開き、そこから自然光のふりそそぐ《母型》と名づけられたアート空間がある[i]。2010年秋に創られた豊島美術館の内側に広がる、おとなう者すべてを包み込むようなその空間にはいると、鳥のさえずりが聞こえ、風がリボンをゆらし、足元には水滴が無限に生成しては消えてゆく。現代美術家・内藤礼の手によるパーマネント作品だ。万物流転のメタファーのごとき様相だが、本作は、そんな空間を一人訪れ「胸の奥まった場所が開いていく」感覚と同時に「恐ろしい場所」と感じた1977年東京生まれの女性監督・中村佑子によるアート・ドキュメンタリーだ[ii]。
中村監督には病を抱えた母がおり介護の責任を担っていることが映画製作のプロセスを語る彼女自身のヴォイスオーヴァーで語られる。監督の創作活動の根源にあると思われるその母の存在は、透明感あふれる軽やかな映像の連続の中で、明らかに異質の重さを伴いつつ短く挿入されるのみだが、本作は、監督自身の抱える葛藤には深入りすることなく、あたかもその代替/代償行為のように、アート作品《母形》と、それを生みだした作家・内藤の魂のほうへと向かう。
カメラの前にほとんど姿を見せない内藤礼と、彼女の作品《母型》に集まってくる5人の女性たち。年代も経験も異なる、互いに面識のない女たちが、作品を介して、ひとつにつながっていくようだ。 生成しては互いに結ばれ、つと流れ、離れ、そして消えゆく水の雫のように。
そして彼女たちは、私たちは、どこに向かうのか?
カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 映画を語る