2012.04.11 Wed
『熊本日日新聞』に頼まれて、5週間に1回程度の書評コラムの担当者を引き受けました。その初回の書評を以下にご紹介します。
綿貫礼子編さんの遺著、『放射能汚染が未来世代に及ぼすもの–「科学」を問い、脱原発の思想を紡ぐ』(新評論、2012年)を論じたものです。
低線量被曝の危険を、生殖健康の面からするどく警告しておられます。チェルノブイリ以後25年の経験から学ぶ必要がある、と。
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綿貫礼子編『放射能汚染が未来世代に及ぼすもの–「科学」を問い、脱原発の思想を紡ぐ』(新評論、2012年)
綿貫礼子さん、日本の女性サイエンス・ライターの草分け。この1月30日に永眠。享年83歳。
年配の方とお話ししたとき、「1年早く死んでいれば、3.11の惨状を見ずにすんだのに」と嘆かれた。だが綿貫さんには3.11を経験していただいてよかった。本書は彼女の遺著であり、3.11後へ向けて気迫のこもった後世への贈り物である。
昨年初め、彼女は秋に予定されていたチェルノブイリ25周年の国際科学会議に出席する予定で、本書を書き始めていた。すでに彼女の健康はガンで蝕まれていた。そこへ3.11が襲った。あとがきにあるように「誰かに、“背中を押されるかのように”、時間と格闘しながら書き上げた」のが本書である。病院のベッドでゲラを校了し、刊行を待たずに亡くなられたが、没後ご本人の筆跡でサインの入った献本が届いた。
本書の書評をとりわけ熊本の読者にお届けすることに、深い因縁を感じずにはいられない。なぜなら綿貫さんをチェルノブイリへ向かわせたのは、水俣の経験だったからだ。彼女は1970年代に色川大吉さんを団長とする不知火海総合学術調査団のメンバーだった。そこで胎児性水俣病患者と出会い、胎内汚染へと目を向ける。チェルノブイリ事故のときはただちに現地へ飛び、その後長きにわたって「チェルノブイリ被害調査・救援」女性ネットワークの代表を務めた。没後、本書の刊行を実現したのは、同ネットワークを支えた仲間、吉田由布子さんと二神淑子さん、そしてロシアの研究者との橋渡しをしたリュドミラ・サァキャンさん。
その彼女が見いだしたのは化学物質と放射能汚染のおどろくべき類似性、とりわけ胎内環境への長期にわたる影響である。その背後にあったのは、女性の生殖健康(リプロダクティブ・ヘルス)への、彼女の一貫した関心である。
IAEA(国際原子力機関)を中心とした国際的な原子力管理のしくみを「国際原子力ムラ」と彼女は呼ぶ。IAEAはもともと原発推進機関であり、「チェルノブイリ事故をめぐり『公式』とされている健康影響評価とは、国際原子力ムラの体制の中ですすめられてきたものであること」を忘れてはならない、と彼女は警告する。「低線量被爆」の効果を小さく見積もらせるIAEAの放射線健康影響評価を信じるな、と。IAEAが「事故で放出された放射性物質による環境影響や健康影響についても主導している」ことは、ちょうど原子力保安院が経産省のもとにあるのと似ている。
「国際原子力ムラ」の御用学者たちが無視し採用しないのは、現地で息長く治療や調査にあたっている研究者のデータである。彼らは成人期に被爆した女性、児童期に被爆、乳幼児期に被爆、胎児期に被爆、そして思春期および思春期前期に被爆した男女の産んだ次世代の子どもたちまでをも追跡調査の対象としてきた。そして甲状腺ガンに尽くされない健康被害を発見した。チェルノブイリ以後25年という時間はそれだけのデータの蓄積を可能にしたのだ。その結果を知るのは、フクシマの被災者たちにはどんなにつらいだろう。ミナマタの被害者にはどんなに痛恨の思いだろう。
ミナマタは終わらない。チェルノブイリは続いている。そしてフクシマは始まったばかりだ。どちらの教訓からもわたしたちは学ぶことができるのに、そうしようとしない。
本書からは綿貫さんのほとばしるような切迫した思いが伝わってくる。没後、本書の刊行を実現したのは、チェルノブイリ女性ネットワークの彼女の盟友、吉田由布子さんと二神淑子さん、そしてロシアの研究者との橋わたしをしたリュドミラ・サァキャンさんである。今度は読者のわたしたちが、彼女のメッセージを受けとる番である。(『熊本日日新聞』4/1付け掲載)
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