2012.05.12 Sat
WANのなかまで理事、ブックストアWANの店長さんでもある岡野八代さんが、新刊を出しました。
岡野八代2012『フェミニズムの政治学』みすず書房
1月6日刊行。半年経つのに書評が出ていない、そうです。力作だし、労作だと思います。「ラディカル(根源的)に考える」とはどういうことかが伝わっている、知的刺激に満ちた本です。研究者が一生のうちに何冊も書けるたぐいの本ではありません。
新聞書評が軽きに流れる傾向があるのを、困ったことだと思っています。新書だの、話題の本だの、ほうっておいても読まれる本の紹介なんか、新聞書評でわざわざしなくてよい。それより他品種少量生産の極にある出版産業のなかで、一般読者の目にとまらない埋もれた良書を紹介するのが目利きの役目だろうがっ、と思ってしまいます。鶴見俊輔さんのような書評家がいたら、マイナーな地方出版社などに目配りしてくれたものを、と残念です。
とまあ、新聞書評への文句はこのくらいにして、岡野さんの本の書評でした。わたしのところにも誰も頼みに来ません。頼まれもしないのに、勝手に公開書評シンポ@立命大でこの4月に報告したレジュメをアップします。ね、読みたくなるでしょう?
著作権はうえのにありますから、引用はかまいませんが、出典は明らかにしてくださいね。このブログのURLを書いてくださればOKです。
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書評セッション@立命館大学ジェンダー研究会0419 上野千鶴子(立命館大学)
岡野八代2012『フェミニズムの政治学』みすず書房
1 刊行の意義
知的興奮/考え抜かれた書物/直観を分節/孤独な作業
「女の経験」の言語化・理論化の実践
命題はあった(Personal is political)→なぜ、いかに?をときあかす
2 リベラル・フェミニズムへの疑念
上野1990『家父長制と資本制』 本書注(2)p369
リベラル・フェミニズムを「女性解放の理論」に含めなかったことへの批判
リベラリズムの隘路への疑いを解き明かす
Qなぜリベラリズムとフェミニズムは共闘できないか?リベラリズムとフェミニズムとはどこで分岐するか?
3 ラディカルなリベラリズム批判
公私二元論 公的領域の解体→私的領域の解体
「主権的主体」=「自由で自律的な個人」の罠
「忘却の政治」=依存の否認、他者への恐怖、身体の支配
公私の境界の再定義でもなく、私的領域の復権でもなく
公私二元論そのものの解体
Joan Scott, Only Paradoxes to Offer
「私的領域とは公的につくられたものである」
Frances Olsen, Feminist Legal Theory
「(私的領域への)不介入とは介入の一種である」
「主権的主体」→「依存者としての自己」「関係のなかにあるアイデンティティ」
個人主義(空間的) 平等な者たちのあいだの契約
「一代主義」(時間的) 性と家族、再生産
4 主権国家/近代的主体/近代家族の三位一体の解体
主権的主体は主権国家のひながたである
近代家族は国民国家の構築物である
母の自然化
5 ケアの倫理の再構築と暴力論
正義か善か?権利かニーズか?→二元論的思考(二者択一)からの脱却
二元論(が排除したもの)の指定席にとどまらない/「配分的正義」の追求に甘んじない(reproductive justiceの限界)
「依存する存在」から出発、ニーズに応える=応答・責任
安全保障security(ケアのない状態)批判
暴力のラディカルな考察→ケア=権力の絶対的な非対称性のもとで非暴力を学ぶ実践!(奇跡!!) 本書注(7)p394
ケア=両義性=暴力を学ぶ実践にも非暴力を学ぶ実践にもなりうる(なぜ同じ状況を経験しながら一方は暴力を学び、他方は非暴力を学ぶのか?)
応用問題としての「拷問」=身体による主体の屈服
6 日本という文脈
フェミニスト政治思想の不在? 野崎綾子、山根純佳
「慰安婦」問題/女性戦犯国際法廷の経験
Norma Field, 落合恵子
フェミニスト思索者の系譜 森崎和江、宮地尚子、江原由美子、上野千鶴子
7 理論的貢献
政治学、そして政治思想という未開地
「公的領域」(ジェンダー中立性)の神話
経済学における「不払い労働」の発見→「労働」概念の変革!
政治学における「依存(者)」の発見→「主体」概念の変革?
「フェミニズム」=「女という思想」の貢献
「ジェンダーの政治学」でなく・・・
男性政治学者たちの反応は?
再びのゲットー化? 「現代思想」か、「女性学」か?
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