2012.05.19 Sat
北原みのりさんの新刊『毒婦。木嶋佳苗100日裁判傍聴記』(朝日新聞出版、2012年)が届きました。〆切りのある原稿をぶんなげて、一気読みしてしまいました。おかげで睡眠不足。
木嶋佳苗になぜ興味を持ったの?と訊かれて、北原さんは「全く全く全く、わからなかったから」と書きます。
東電OL事件の時は、多くの女が「東電OLはわたしだ」とうめくように言ったと伝えられます。「この気持ち、わっかるわあ」とか「わたしだって、立ちんぼしてたかもしれない」という女たちがいます。木嶋事件は対照的です。わからなさ、不可解さ。東電OLは死人に口なしですが、反対に木嶋は能弁です。判決後に「手記」をマスメディアを借りて全文公表するなど、メディア戦略にも長けています。法廷でも雄弁でしたが、これから先も雄弁でしょう。言語能力の高さはハンパではありません。東電OLはわずかな金額で自分の肉体を売り、吝嗇にもその数字を記録して通帳の残高に達成感を味わいましたが、木嶋佳苗は引き出したカネを次々に使い果たし、貯蓄しようという意欲はありません。東電OLには、目的だの達成感だのという業績主義のまじめさがつきまとうのに対し、木嶋にはそういう達成目標を感じることができません。
木嶋の「わからなさ」に対して、被害者と目された男性たちの「わかりやすさ」には、ほとんどぼうぜんとするほどです。「料理がうまい」「ピアノ教師」「介護が好き」・・・これでひっかかるほど、男ってかんたん生きものなの?婚活サイトにはクリシェ(決まり文句)があふれていて、木嶋の紹介文もとりたてて個性的というわけではありません。そのうえ、反応があった男性に速攻で送り返すメイルが、早さと量においてはまさっていても、どれもおどろくほどワンパターン。「食事に招きたい」とか「オイルマッサージをしてあげたい」「おフロに一緒にはいりたい」とか。まるで決まったフォーマットがあって、それを送っているみたい。それにこれだけやすやすと男がひっかかるなら、ほとんど「入れ食い」状態。木嶋は万引きの常習犯だったとも言いますが、こんなにかんたんにわたしに盗れ、というように置いてある品を盗らない手はないんじゃない?と思えるなら、こんなにかんたんにひっかかるなら獲物にしてトーゼンでしょ?と言いたい気持ちが伝わります。
「おつきあい」があるなら「支援」があってトーゼン。これが「援交世代」の「常識」でしょう。それが「援助交際」というものですから。そうやって「学習」したスキルや「常識」が、ここまでやすやすと通用してしまう…男ってなんなんだ???
木嶋裁判を通じて見えてくるのは、木嶋佳苗とはどんな女か?ではなく、「婚活女」をコスプレした女に引っかかる、男のあまりの「わかりやすさ」です。
北原さんの「傍聴記」は「徹底して女目線」と言われたとか。へええ。それなら男性記者や男のルポライターの書いた記事は、「徹底して男目線」となんで言われないのでしょうね。
法廷で検事は木嶋を「恫喝」したとか。
男のきたない家を見て嫌悪感を抱いた彼女に、検事は「あなたが掃除や洗濯をすればいいだけの話では?」と言ったとか。これが男女が逆ならどうでしょう?
古くさい格好の男に「『よし!それではおシャレなスーツを選んで着せてあげよう!』とは思わなかったんですか?」と重ねて検事は訊きます。この「徹底して男目線」な質問にあきれはてる感性は、ざんねんながら男にはなさそうです。
木嶋裁判で何が裁かれたのか?裁かれたのは彼女の行為ではなく、彼女の「男性観」だったのかもしれません。
ところで「連続殺人」が彼女の行為かどうかは、実のところ確定していません。本人の自白なく、状況証拠のみで、ひとりの人間を死刑というとりかえしのつかない極刑に処してよいのでしょうか。
同じ時期に小沢裁判がありました。こちらは無罪となりました。本人が罪を否認し(事実を知っていたが違法行為の認識がなかった?)、状況証拠しかないところでは、かぎりなく心証はクロでも、裁判官は「推定無罪」を言い渡しました。小沢を好きなひともキライなひともいて、思うところはさまざまでしょうが、「疑わしきは罰せず」の推定無罪は、日本が法治国家であることの証でしょう。小沢が無罪なら、木嶋も無罪だ…わたしはそう思います。
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