2012.06.29 Fri
酒井順子さんがまたまたおもしろい本を出しました。
酒井順子『儒教と負け犬』(講談社文庫、2012年)
てゆうか旧著なのですが、このたび文庫化にあたって、上野に解説のご依頼が来たというもの。東アジア三都市、東京、上海、ソウルの「負け犬」比較調査です。と〜っても社会学的!おすすめです。
ご本人と版元のおゆるしを得て、解説の一部をご紹介しますね。よみたくなるでしょう?
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酒井ハカセの社会学的想像力
酒井さんという書き手に最初に注目したのは『少子』(講談社、2000年)でした。女はなぜ子どもを産まないか?・・・痛いから、というミもフタもない答、ホンネのようでいてそれ以上の追求をゆるさない韜晦のうまさにもうなりました。
それから彼女は『負け犬の遠吠え』(講談社、2003年)で大ブレークしました。文庫版も合わせると合計42万部。「負け犬」は社会現象ともなりました。
その彼女が東アジア儒教圏、日中韓三国の「負け犬」比較をしたのが本書。
おもしろくないわけがありません。なのに、意外と読まれていません。単行本の発行部数は『負け犬』に遠く及ばないそうだとか。文庫になるのだから、ぜひ多くのひとに手にとってもらいたい・・・そう思って解説を引き受けました。
まず着想に度肝を抜かれます。
酒井さんは少子化・晩婚化が共通にすすんだ、東アジア三カ国に注目します。その共通点はなんだろうか、と考えます。そしてその原因は「儒教じゃないだろうか」と仮説を立てます。それをひっさげてソウルと上海へと取材の旅に出かけます。インタビュー調査だけでなく、各都市で200名のサンプルをとって、アンケート調査まで実施します。ずいぶんテマヒマのかかった調査です。そしてその結果を分析します。
酒井さんがサンプルに日中韓三カ国でなく、東京・ソウル・上海の三都市を選んだのも大当たりです。なぜならこれまでの調査によると、「負け犬」女性は大都市圏に集中して棲息することがわかっているからです。大都市にはシングル女性が働く雇用機会がたくさんありますし、世間の目もシングル女性に寛容です。結婚しない女に対する風当たりの強さには地域差があります。もしかしたら東京とソウルの違いより、東京と地方都市のちがいの方が大きいかもしれません。
日中韓の三カ国はいずれも漢字文化圏。酒井さんの「負け犬」は、中国語にも韓国語にも翻訳されましたが、その漢語訳が微妙に異なっています。中国では「余女」、韓国では「老処女」。この訳語を見るだけでもうーむ、とうなってしまいます。中国ではもう少し前までは「大齢女性」とも呼ばれていました。そういえば日本では「老嬢」ということばもありましたっけ。かのシモーヌ・ド・ボーヴァワールさんも、サルトルと結婚していないばかりに老いても慇懃無礼に「マドモワゼル」と呼ばれたとか。ちなみに同じく漢字文化圏で、酒井さんが扱っていない台湾では「敗犬女王」。笑いました。「負け犬」は、負けたふりをしているけど、ちっとも「負けて」なんかいないことが、この訳語からはみごとに伝わります。
(中略)
比較は何のためにするか、といえば、結局はおのれを知るため。比較という手法を通じて日本の「負け犬」とは何者なのか?ということが浮かび上がってきます。そうやって酒井さんがたどりついた「負け犬の自画像」は、以下のようにいささか気の滅入るものでした。
「ロクに働きもしない、明らかなダメ男とついセックスをしてしまったことによって交際を始め、しかしいったんできた恋人は貴重な存在だし、男に主導権をとられるのも嫌いではないので、相手の言うことを何でもきいてしまい、時にはお金を貸したり殴られたりして、『何でアタシ、こんな人と付き合ってるんだろ・・・』と思いながらもズルズルと付き合ってしまう」という、「負け犬の姿」(本書208-9頁)です。
そう言えば・・・と思い当たるひともいるでしょうね。
(中略)
この調査結果から得た「発見」の教訓まで、酒井さんは提示しています。「要求力も拒否力も低かった東京負け犬」に対して、「日本女性は、もう少し要求と拒否をした方がいいんじゃないか」と提案します。要求力と拒否力とがもっとも強い上海余女を見て、「過剰なほど強い感じ」を持ちながら、酒井さんはこう言います。
「彼女達と我々とどちらが幸福なのかといったら、たとえ恐がられようとも、言いたいことを全て言っている方なのかなぁという気も、してくるのでした。」(本書210頁)
つまり本書は日本の負け犬に対する自立へのメッセージなんですけど、それを最初から唱えてしまえばこれはフェミニズムの本、で終わり。酒井さんのすごいところは、データを示して根拠を挙げながら、比較考察して、結論を納得させてくれるところです。
それだけでなく、そのメッセージを伝える文章の芸のうまさ!読み終わる頃には、日本の社会の女と男のあいだの「うっすらした不幸」の原因が、腑に落ちてきます。
ふーむ。と〜っても社会学的!
酒井さんにはこれで博士論文を書いてもらいたいくらいです。社会学者、酒井順子博士が誕生することでしょうに。
酒井さんにこういう本を書かせた編集者の企画力もたいしたものです。学術論文なら読まれないこんな書物が、多くの人に手にとってもらえるのは著者の力量と編集者の仕掛けのたまもの。
文庫の売れ行きを祈りましょう。
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