2012.10.03 Wed
この夏をことさらに熱くしたのはロンドン・オリンピックだった。日本勢が獲得したメダルは合わせて38個、そのうち17個が女子の力による。「女子力」がひときわ炸裂した夏でもあった。
「なでしこジャパン」の命名をめぐって、「従順でおとなしい」というやまとなでしこのイメージを冠したことに不快感を覚えたひとたちもいたが、なんの、「なでしこ」のもともとの意味なぞ知らない海外のひとたちにとっては、「ナデシコ」はいまや、闘志とがんばりの代名詞だ。とりわけ、日本の女子が格闘技で示したパワーとパフォーマンスを見れば、日本女性のイメージはすっかり塗り替えられようというもの。柔道で金メダルをとった松本薫選手は闘志をむきだしにした戦闘モードで相手を威嚇したし、レスリングで金をゲットした吉田沙保里選手が勝利の後にコーチの父親を肩車した姿は、おおかたの観衆の度肝を抜いた。いったいこれまでやまとなでしこの父親の誰が、娘に肩車される自分の姿を想像したことだろう。
はじけるような笑顔、全身であらわす喜び、宙につきだす拳、抱き合って示す友情…どれもこれまで日本の女性のつつしみぶかさにとっては無縁だと思われてきたことばかりだ。スポーツ根性ものには、「努力と友情」がキーワードにあって、男性の独占物だと思われてきたのだけれど、なでしこジャパンが銀メダルの記者会見で、「最高の仲間と最高の舞台で最高の試合を…」と語ったすがたからは、女同士のあいだにもかけがえのない信頼と友情とが育つことを雄弁に示した。
「女子力」とはもともと男受けのする女性性偏差値の高さをあらわすことばだったのだけれど、ある女性アナウンサーが番組ではからずも使った「女子力」からは、ことばどおりの「女子」の「力」という意味が伝わってきた。ことばは生きものだ。「情けは人のためならず」という諺の意味がいつのまにか「親切にするとその人のためにならない」という意味に転じたように、「なでしこ」は「闘志を持った女性」の代名詞に、「女子力」もこのぶんでは「女子が発揮するパワー」と意味を転じていくだろう。それでいいのである。
それにしても、ロンドンから帰還してくる彼女たちを迎える日本の状況は、女には冷たく、寒い。女性の非正規就労率は55%と半分以上。オリンピックの金メダリストといえどもこの先の保証はない。GDPは世界3位、オリンピックのメダル取得数は世界6位なのに、女性差別の度合いを示すジェンダー・ギャップ指数では2011年度の統計で世界135カ国中98位、先進諸国では最低ランクに属する。男女賃金格差は同年で男性100に対し女性は67.8。格差社会というが、女は昔から貧乏だった。格差が男女格差のあいだはだれもそれを問題にしなかったのに、格差が高学歴男性をもまきこむようになってから、メディアと政治は格差を「社会問題」だと言い立てるようになったのだ。
わたしも会員のひとりである日本学術会議にも女性会員が増えた。そのなかで「ジェンダー」に関連する分科会が今期22期には4つになった。その四分科会が合同でこの10月13日に乃木坂の学術会議講堂で「雇用崩壊とジェンダー」をテーマに公開シンポジウムを主催する。いまの日本の女にとってもっとも喫緊の課題は何か?という問いに、全員の合意が成り立ったものだ。女の努力が報われない社会…オリンピックのメダリストを迎える社会がそうであっては情けなさすぎる。
(「現代のことば」京都新聞2012年8月25日付け夕刊)
公開講演会「雇用崩壊とジェンダー」http://www.scj.go.jp/ja/event/index.html
日本学術会議複合領域ジェンダー分科会主催/社会学委員会ジェンダー研究分科会/史学委員会歴史学とジェンダーに関する分科会/法学委員会ジェンダー法分科会/科学者委員会男女共同参画分科会/東北大学GCOEジェンダー平等と多文化共生研究センター/京都大学GCOE親密圏と公共圏の再編成をめざすアジア拠点/京都大学文学研究科アジア親密圏/公共圏教育研究センター共催
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