2013.04.13 Sat
死の臨床の「常識」は、大きく、そして急速に変貌しているように思います。
一昔前には臨終のときに病院にかつぎこまれて、心肺蘇生術を施され、患者も苦しみ、医者も汗だく、そのあいだ家族は病室から出されて、いまわの際をみとることもできませんでした。1分1秒でも長く生かすことが、医療の使命とおもわれていたからです。それが機械装置に変わっても同じ。集中治療室で呼吸器、点滴、経管栄養、尿道バルーンの管につながれたさまが「スパゲティ症候群」と呼ばれるようになっても、最期は病院で、という信仰はなくなっていないようです。日本人の臨終の場が、在宅から病院に逆転したのは」1976年、そんなに古いことではありません。病院は病と闘うところ。少しでも長く患者を生かすことが目的で、医者にとって死は敗北でした。だから呼吸困難の患者には器官切開をして呼吸器をつけ、食べられなくなった患者には胃に穴を開けて胃瘻をつくってきました。
が、高齢化にともない、日本人の死に方も変化してきました。救急医療で若い人の命を救うならいざしらず。もうじゅうぶん生きた、と思える年齢のひとびとの、おだやかであるべき死を、本人の苦しみと家族のつらさを伴って、わざわざ不自然な死に変える必要はない…そう考える医療者たちが増えてきました。死の臨床の現場で、戦場のような死に際を見てきた医療者たちの反省からです。彼らは、病院は死に場所ではない、と考えるようになってきました。
それなら、どこに死に場所を求めればよいのでしょう?
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このところ、在宅死をすすめる本が、たてつづけに刊行されています。中村仁一医師の『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(幻冬舎新書、2012年)は病院信仰をくつがえしました。在宅ホスピスのパイオニア、山崎章郎ドクターの『病院で死ぬということ』(文春文庫、1996年)は、病院死への疑問をつきつけましたし、川越厚ドクターの『家で死にたい』(保健同人社、1992年)は在宅死という選択肢があることを示しました。最近では、新田國夫ドクターの『安心して自宅で死ぬための5つの準備』(主婦の友社、2012年)や、利用者の立場から沖藤典子さんの『それでもわが家から逝きたい』(岩波書店、2012年)などが次々に出版されています。在宅医療の伝道師、中野一司ドクターの『在宅医療が日本を変える』(医療法人ナカノ会、2012年)もあります。
それでも在宅死は、家族のいる人の特権、おひとりさまにはのぞめない選択肢と思われてきました。在宅医療を実践している医療者にとっても、おひとりさまの在宅死は、ハードルが高いものでした。
家族のいないおひとりさまは、最期を病院か施設でしか迎えることができないのでしょうか?はい、これまではそのとおりでした。ですが、不可能を可能にしてくれる制度と実践とがあることがわかってきました。
本書の共著者、小笠原文雄ドクターは、そのひとり。現在日本在宅ホスピス協会の会長でいらっしゃいます。小笠原先生にくっついて、終末の近い、独居のお年寄りのお宅へ往診同行をさせていただきました。え?できるじゃない!驚きと手ごたえを得ることができました。
…だから、小笠原先生に聞きました、ひとりで家で死ねますか?と。末期がんでも家にいられますか、痛みのコントロールは自分でできますか、認知症がはいったらどうしましょう、離れて住む家族とはどんな関係をつくっておけばいいですか、そしておカネはどれだけかかりますか…と、根掘り葉掘り、食い下がってお聞きしました。小笠原医院はガン患者さんの在宅死率95%。豊富な実績と経験にもとづいて、いきいきと説得力のあるお答えをいただきました。
本書が他の類書とちがうのは、「ボクはこうやってきた」というただの経験談になっていないことです。こういうときはどうしたらいいのか、という患者の疑問や不安に、Q&Aでこんせつていねいに答え、具体的な対処法を示してもらえる実践的な本にしたい、という願いは達せられました。
こんな本があったらなあ、こんな本をつくりたいなあ…というもやもやしてかたちにならないアイディアを、卵の段階から温めていっしょに育ててくれたのは、編集者の矢坂美紀子さんです。いそがしくて文章を書くヒマのない小笠原先生のところへ通って、豊富な事例や経験談を、的確な表現におきかえていったのは、これも経験豊富な介護ライターの寺田和代さん。それと何より、どんな状況でもとぼけた味のある小笠原ドクター。難産でしたが、すてきなチームワークから本書は生まれました。本書の終わりには、このドクターっていったい?という好奇心おさえがたく、「小笠原先生、どうして小笠原先生になったのですか?」という上野によるインタビューも載っています。
在宅死を可能にする条件は?小笠原先生だけでなく多くのドクターは、何より本人の意思、とおっしゃいます。家にいたい、は年寄りの悲願、とわたしも取材を通じて思うようになりました。それを妨げる「抵抗勢力」は家族です。家族が「自分の安心」と「親孝行」のカンチガイから、死に際の年寄りを病院や施設に送りこみます。そう考えると、かえって、あー、おひとりさまでよかった、と思ったものでした。
男性の多くは、のぞめば自分は、妻に看取られて家で死ねるだろう、と期待しているようです。もちろんそのための条件は、まず妻がいること、その妻が健康で介護力があること、そして妻が在宅介護に同意していること、つまり夫婦関係がよいこと…に依存します。そうやって夫を看取ったあとの妻は?ひとり残された妻には、病院死しかないのでしょうか。この本は、もともとおひとりさまのわたし自身のためにつくられました(笑)。ですが、長生きすればいずれはだれもがおひとりさま。子や孫のいないおひとりさまのわたしが在宅死を選べるようになれば、子や孫のいるおひとりさまにもそれが可能なはず。そして親がおひとりさまで在宅で死んでいけるようになれば、離れて暮らす子や孫にとっても、歓迎すべき事態なはず、でしょう。そしていずれは自分自身も、家で穏やかな死を迎えることができるでしょう。
それにしても。「死」だの「看取り」だの、ほんの少し前なら「縁起でもない」「滅相もない」と忌みきらわれたことばが、こんなにタブーなく世の中に流通するようになったこと自体が、死についての「常識」の変貌をあらわしているように思えます。どんな人でも死亡率100%。来ることが確実にわかっている将来に備えることは、それを避けてとおるよりは、ずっとましなことでしょう。
初出:朝日新聞出版「一冊の本」3月号巻頭エッセイ
同書は日本在宅ホスピス協会HPでも紹介されています。
http://sky.geocities.jp/nihonnzaitakuhospice/
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