2014.06.12 Thu
男性学研究者の内田雅克さん(『大日本帝国の「少年」と「男性性」—-少年少女雑誌に見る「ウィークネス・フォビア」』明石書店の著者)から、「ウィークネス・フォビア」(弱さへの嫌悪)という概念を教えてもらった。なるほどねえ・・・「男らしさ」の核心のひとつに、「ウィークネス・フォビア」があると思えば、いろんなことが説明可能になる。以下は最近のうえののインタビュー。『中外日報』という仏教系のメディアだが、わたしの恩師、吉田民人さんのお父上にゆかりのある出版社だと知ってお受けした。「弱さ認めない男の弱さ」という見出しをつけたのは、先方の担当者である。
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弱さ認めない男の弱さ
日本を代表する女性学の理論的指導者は言う。
「自分を弱いと認められないのが男の弱さです」
–現代をどう認識しますか。
上野 日本は縮小社会を迎えています。アベノミクスをはやし立てている人々は、過去の成長経済をもう一度、という“妄想系”。現実に行き詰まり、それに直面したくない人々が安倍首相に拍手を送っているのだと思います。
しかし人口構造も国際環境も変わり、成長期の経済に戻る要因はありません。成熟社会は衰退社会。そちらにソフトランディングする戦略に切り替えるべきです。
–高齢化も進む。
上野 他人の世話にならずに生まれ、死んでいける人はいません。しかし男はそこにある介護や子育てという、ケアの問題に手も足も出さず、女におんぶに抱っこで胡坐をかいてきた。
ケアの領域は最近やっと「ケア労働」と呼ばれるようになった。少子化と超高齢化で子育てや介護の負担の大きさが目に見えるようになり、政治課題になってきたのです。これまで女は黙ってきたのですが、それが赤裸々になってきた。育児・介護問題がなければ、ジェンダー問題はほぼないと言っても構いません。
–近年は育児や介護に対する男の認識も変わりつつある。
上野 親を介護するための離職が男性にも増えています。ただ、中高年で離職すると元には戻れず、老後の人生設計が破壊されるリスクが高い。
平山亮という若手社会学者の著書『迫りくる「息子介護」の時代』(光文社新書)におもしろい分析があります。「息子介護」の当事者が一番会いたくないのは、同じような立場にいる息子当事者だというのです。自助グループも支え合いも難しいとか。
介護は誰にでも降りかかるのに「弱音は男らしくない」と愚痴すらこぼさない。悩む姿を見せたくないし、同じ立場の男を見るのはもっとイヤ。公的世界からケアが見えなくさせられていくことを見事に描いています。男は困っても互いにつながらないようです。
–現代は「無縁社会」と呼ばれ、縁の再構築の必要性が指摘されています。
上野 縁は弱さでつながります。強い人はつながる必要がありません。
弱さでつながるためには、自分が弱いと認めなくてはなりません。そして認めた上で、それを人に伝える「弱さの情報公開」が必要です。女にはそれが何とかできますが、男にはできません。
講演会で、妻に先立たれた年配の男「おひとりさま」がいたら、「もてたいと思ったら必殺技がある」と教えてあげるんです。「女の人の集まりに行って次の一言を言ってください。『ボク、さみしいねん』」と。これが言えたら楽勝ですよ(笑い)。女はかまいたがりですから。自分を弱いと認められないのが男の弱さです。
「男らしさ」には三法則があると私は言っています。
第一は人生の窮地に陥った時の現状否認。現実を認めない。子どもが障害をもって生まれたり、不登校になったりしてもそれを認めない。
第二は逃避。逃げ隠れする。妻の話を聞かない。家に帰らない。残業をやって遅くなる。
第三が嗜癖。逃避した先にハマる。溺れる。そのメニューは酒、ギャンブル、女など、たくさんあります。
それから第四法則として、キレる、と言う人もいます。
育児・ケアは非暴力を学ぶ実践
みんなで支え合う社会をつくる
–弱者と弱者が支え合う社会をどう実現していけばよいのでしょうか。
上野 心の問題に還元すれば、「みんながいたわり合う社会をつくりましょう」とお坊さんが説教するような話になりますが、弱者には「支えてもらわないと生きていけない」というニーズがあります。そのニーズを満たすものがケア。それには費用がかかる。社会的にどう対応するのかが政策です。
例えば、介護保険や医療保険。そういう、みんなで支え合う制度がある。その指標として国民負担率(国民所得に対する租税負担額と社会保障負担額の合計の比率)があります。
ジャーナリストの大熊由紀子さんは「国民連帯率」と言い換えた方がよいと提案していますが、先進国の中でその連帯率が最低なのがアメリカで、日本はその次です。
で、安倍首相は「家族で助け合いましょう」と言う。誰ですか、家族って。オヤジは何もやらないでしょう。女にしわ寄せが来るだけです。国は何もやる気がない、と宣言しているようなものです。
ほかに待機児童対策として「3年抱っこし放題育休」と見当違いなことを言い出す。私たちはそれを「0歳から3歳までの保育は一番手間とコストがかかる。そのコストを払う気がない」と解釈しています。「育児は家で女がやれ」と。一事が万事そうです。
日本に介護保険制度ができたのはよかったと思います。今さらこの制度なしで親の介護ができますか。にもかかわらず、要支援外しなど、制度を使えなくしようとしています。安心できる社会のためのシナリオも制度設計も選択肢があるのに、政府はそれを選ぼうとしていません。
単に人の気持ちの問題にされては困ります。「祈りましょう」で人が助かりますか。手も金も出せ、です。
死ぬに死ねない超高齢社会
–近年、高齢者の介護問題に傾注していらっしゃいますね。
上野 私は超高齢社会になってよかったと思っているんです。
ケアの研究を始めていろいろな施設で「こんなになってまで生きていなくてはならないのか」と思わず口にしてしまいそうな人たちを大勢見てきましたが、「でも、こうやって安心して生かしてもらえる社会になって、よかったなあ」と思いますよ。
そういう社会をやっとの思いでつくってきて、労働条件は悪くとも、それを支える専門職を介護保険が生み出してきたのだから、本当によかったと思っています。
文明社会である日本は栄養水準、衛生水準、医療水準、介護水準がいずれも高いので、介護期間が長期化する傾向にあります。超高齢化で死ぬに死ねない社会が到来し、否応なく男も介護問題に直面せざるを得なくなっています。特に同性の親である父親の老いの無様さと惨めさをじっくり見て、それに付き合う経験をもってほしい。
父親の方もその浅ましい姿を息子に見てもらったらよろしい。人間の衰えと死は、親の子に対する最後の教育です。私は女性たちに介護を自分だけで抱え込まず、その経験の場から男を排除しないでくれと頼んでいます。
–人間としての成熟が問われますね。
上野 子育ても介護も、する側とされる側の関係は非対称です。目を離したら死んでしまうという、絶対的な強者と弱者の関係。ケアする側にとっては、相手に振り回される、うっとうしい経験でもあります。
「いっそベランダから投げ落とそうか」という気持ちを一度も持たずに子どもを育てる母親なんていないはずなんです。女の人たちは「よくもこの子を殺さずに育て上げたものだ」という感慨をどこかに持っていると思います。親を介護しながら「一日も早く死んでほしい」と思う家族介護者もいることでしょうし。
そういう関係の中で嗜虐性や暴力性を抑え、自分の力を使わないでいる経験を積むことについて、「ケアは非暴力を学ぶ実践」と、私は言っています。自分の嗜虐性と暴力性をどう抑制するのかは経験と学習です。その経験の場を男から奪うなと思います。
育児・介護の負担の大きさがこれだけ社会に浮かび上がった今、そこに男も関わり、非暴力を学んでいってほしい。そういうことは、本当は宗教者が言わなくてはならないことですが。
–2011年7月の「東京大学退職記念特別講演 生き延びるための思想」で、「これまで男が死ぬための思想ばかりをつくってきたことが問題だった。生き延びるためにこそ言葉や思想が必要だ」という趣旨の発言をされています。
上野 生きること自体は自然な本能だと皆どこかで思い込んでいる。だから、死ぬことに価値や意味を見出すために、過去いろいろな人たちがいろいろなことを言ってきた。正義や真理、国家など、いのち以上の価値が世の中にあると言ってきたのがナショナリズムであり、軍国主義であり、全体主義であり、宗教もその片棒を担いできた。そのために営々と男たちが知恵を絞ってきたと思います。
重度の障害を持つ人などに対して「こんなになってまで生きていなくてはならないのか」と、生きる価値のあるいのちと、生きる価値のないいのちを選別する思想もあります。ということは生命以上の価値があれば、そのために生命を犠牲にしていいということになる。そして生命に価値の序列ができ、選別が起きる。障害者たちはずっとそういう目にあってきた。
超高齢社会になってしみじみ思うのは、長生きしたら加齢現象でみんな中途障害者になるということです。年をとるのがなぜ怖くてイヤかというと、ずっと障害者差別をしてきたからです。でも自分もそうなるかもしれない。そうなった時に人に支えてもらえる安心があればいいじゃないですか。
超高齢社会では人生のピークに死ねない。みんな下り坂の中を生き、泣いても笑っても自分自身が弱者になっていく。でもその姿をみせたらいいんです。そして弱者になっても安心して生きていける社会をつくればよいのです。
(『中外日報』「ほっとインタビュー 社会学者 上野千鶴子さん」 2014年5月14日付け)
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