何度も繰り返しドラマを見たのは、「妻の資格」(2012)以来のことだ。今回ご紹介するドラマ「密会」(全16話JTBC、2014)の制作者も「妻の資格」と同じチョン・ソンジュ(脚本)とアン・パンソク(演出)である。私はすっかりこのコンビが作るドラマにはまってしまったらしい。彼らのドラマは韓国ドラマの新次元を切り拓いたものだと言いたいくらいだ。ずっと韓国ドラマを見続けてきて、やや飽きがきていたのも正直なところ。そこへ「妻の資格」と「密会」は、韓国ドラマの底力をあらためて示してくれた。

上流層へのあこがれ
 オ・ヘウォン(俳優キム・ヒエ)は韓国屈指のソハン芸術財団が経営するソハンアートセンターの企画室長である。成功した40歳のキャリアウーマンだ。もとは庶民の出身でソハン大学音楽学部に入学し、ピアノの演奏家を目指していた。だが、同窓の中にはこの大学のオーナーであるソハングループ会長の娘ヨンウをはじめ、富裕層の子女が多かった。ヘウォンはそこで、実力よりもカネとコネが通じる世界を目の当たりにする。 ヨンウの友人であることが幸いして会長の目に留まり、ヨンウの世話係として一緒に留学する機会を得た。腱鞘炎のせいで演奏者の道を断念せざるをえなかったが、ヨンウの世話係をしっかりつとめたことが認められてアートセンターに職を得た。ヘウォンは、ヨンウと一時恋人関係にあった同窓のカン・ジュニョクと結婚した。愛していたからというよりは可能性を選んだのだ。ヘウォンはアートセンターでキャリアを積み、夫も何とかソハン大学のピアノ科の教授になった。

へウォンの仕事はアートセンターのみならず、ソハングループ会長とその近親者(ヨンウ、ヨンウの継母で会長の後妻)たちの私生活にも深く関与していた。ヘウォンはこの三人からいつ連絡があってもすぐに対応できるように待機しなければならなかった。呼び出しがあればただちに飛んでゆき、与えられた仕事を片付けた。時には三重スパイのような立場で、それぞれの裏金を管理し、互いの腹の探り合いに助言を与えた。いわばソハングループ一族の私腹を肥やすために存在する私学財団の実質的な管理人であった。

だが、ヘウォンはその見返りとしてこの一族から高給を与えられた。それだけでなく、立派な家と高級車、最高級エステサロンに通える日常生活を手に入れたのだ。ヘウォンはいつしかそんな生活に慣れ、ひたすらそれを維持するために働いた。時には自分のやっていることを振り返って懐疑的な気分になることもあったが、長くは続かない。今の物質的な豊かさ、そして、それ以上の生活をこれから続けてゆくためには仕方がないのだと割り切った。

そんな生活の中で、若き日の音楽にかけた情熱や感性を活かすことのできる唯一の仕事は、才能のある若者を発掘して、財団としてバックアップすることだった。そんなある日、天才的なピアニストの素質をもつ20歳の青年イ・ソンジェ(ユ・アイン)と出会う。ソンジェはピアノの正規教育を受けたことはなかったが、その演奏には荒削りの原石のような輝きがあった。ヘウォンはソンジェの演奏に心を奪われてしまった。当初は彼を一流のピアニストに育てようという思いしかなかったが、ソンジェもまたヘウォンに心を奪われる。ドラマはここからが本番だ。

新次元ドラマの条件
 私がこのドラマを「新次元ドラマ」だと言いたい理由は四つある。一つは現代の韓国社会に巣食っている問題を物語の背景として鋭く取り上げていることだ。ここでは私学財団の汚職とその傘下にある大学音楽学部の入試不正や教授の不道徳さを赤裸々に描いている。二つ目は、俳優たちの演技の秀逸さである。ちょっとした脇役に至るまで個性がはっきりしていて、疎かな演技が一切ない。

そして三つ目は、リアリティーに富む映像の巧みさである。映画監督のチョ・ウォンヒは、このドラマの演出の特徴として、単独のクローズアップよりも発話者をその相手の肩越しに映しながら、現実味を出して描いていることだと語っている。そして四つ目は、セリフに含蓄があることだ。説明調ではなく、むしろ凝縮されたセリフで会話が成立している。視聴者はその短いセリフに込められた意味を見逃すまいと集中して見なければいけない。また、ただセリフが聞き取れてもだめで、その意味するところを考えることも必要だ。見るたびに新しい含みを発見するので、何度見ても飽きないのだ。

「妻の資格」との対比
ドラマの構図は「妻の資格」とよく似ている。「妻の資格」の舞台は受験産業界だ。子どもたちの私教育に金を注ぐ中産層の姿を通して韓国社会の勝ち組の俗物性を描きだした。女性主人公はいずれも中産層に対するあこがれを内に秘めている。そして、「妻の資格」では妻子のある男性キム・テオ(イ・ソンジェ)との恋愛を通して、勝ち組になるためにあくせくすることよりも、多様な価値観を尊重し、心豊かに生きることが幸せであると目覚めてゆく。「密会」ではイ・ソンジェ(ユ・アイン)がテオと同じ役割を果たしている。舞台こそかわっても、視点は「妻の資格」と瓜二つなのだ。

両方のドラマに登場している俳優が多いのも特徴の一つ。「密会」の中で、ヘウォンのことを本当に心配してくれる親友ユン・ジスを演じたユン・ボクイン(写真左)もその一人である。私はジスを見ながら、どこかで見たことのある顔だと思った。強烈な印象を受けたのは確かなのに、どのドラマのどんな役柄だったのかがなかなか思い出せなかった。ようやく思い出して手を打った。ちょっとした端役だったのにとても存在感があったのだ(みなさんはすぐに思い出せただろうか?)。ユン・ボクインは演劇畑で30年のキャリアがある。「妻の資格」に端役で出演して以来、その演技力を買われてアン・パンソク監督が演出するドラマに毎回登場している。

 ユン・ジスの夫で、音楽学部のピアノ科教授チョ・インソ役を演じたパク・ジョンフン(写真右)は本物のピアニストだ。妻は日本人ピアニストの相澤千春。チョ・インソの教え子チ・ミヌ役で登場したシン・ジホもピアニストだ。ドラマの中では彼らが演奏する場面が少しある。ただし、主演のキム・ヒエとユ・アインがピアノを弾く「演技」もなかなかのものである。

若きピアニスト、チョ・ソンジン
 ちょうどドラマを見終えた頃、韓国人のチョ・ソンジンが第17回ショパン国際ピアノコンクールで優勝したとのニュースが流れてきた。韓国人の優勝は初めてだ。チョ・ソンジンもイ・ソンジェと同じ21歳。まるで、国際コンクールに出場するために飛行機で飛び立ったソンジェが優勝したかのよう思えてしまった。昔、日本のテレビでショパンコンクールが放映され、優勝したブーニンの演奏に酔いしれたことを思い出した。あれからもう30年。思わずため息が。。。 (チョ・ソンジンの演奏https://www.youtube.com/watch?v=aE3Xipy018Y) 

ちなみに、このドラマの原作は江國香織の『東京タワー』(2001)。韓国語の翻訳版は2005年に出版されている。ドラマ「密会」は、2014年第50回百想芸術大賞TV部門で脚本賞と演出賞を受賞した。
写真出典 http://tenasia.hankyung.com/archives/217883 http://zine.istyle24.com/Culture/CultureView.aspx?Idx=15250&Menu=3 http://www.ajunews.com/view/20140514103722836 http://star.ohmynews.com/NWS_Web/OhmyStar/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001972398 http://tvdaily.asiae.co.kr/read.php3?aid=1400468368699472002 http://www.hankyung.com/news/app/newsview.php?aid=2015102161551