
タイトルのヴィオレットはヴィオレット・ルデュック(1907~1972)という実在したフランスの女性作家である。
1946年に処女作『窒息』を出版し、ボーヴォワール、カミュ、サルトル、ジュネなど、当時の錚々たるメンバーに称賛されるが、直後そこからの華やかな出発とはならなかった。
それは私生児として生を受けたヴィオレットが、母親に拒絶されたとの思いを抱え、愛を求めて実りない(ように見える)人間関係をさまよい、絶えず後悔や絶望やある種の狂気に苦悩するからである。
映画は、個人名(たとえば第二章「ボーヴォワール」)のついた七章からなる。
「母は私の手を握らなかった」と始まる『窒息』の執筆中の、男性同性愛者であるモーリスとの偽りの生活から映画は始まる。愛や受容を求めるヴィオレットとそれを拒む二人の絶え間ない争い。モーリスは彼女を捨てパリ、ドイツへと。
ドイツに行ったモーリスの手紙を仲立ちしてくれた友人宅で、ヴィオレットはボーヴォワールの『第二の性』に出会い、直接強引に本人に会いに行き書いたものを手渡す。最初は相手にしなかったボーヴォワールだが、彼女のなかに才能を見、出版助成を申し出て、以降二人の関係が始まるのである。
ストーカーまがいの行為を続けるヴィオレットからボーヴォワールは一時身を隠したりするものの、「書くのよ。それが人生を変えるのよ」とたえず励ます。
バイ・セクシュアルであるヴィオレットはかつての女性恋人を訪ねては拒絶される。ボーヴォワールの『第二の性』は成功を納めるものの、ボーヴォワールへの愛を書いた『飢えた女』は売れない。
著作を通してジュネ(第三章)、香水屋で大金持ちのジャック・ゲラン(第四章)との交流があり、同性愛者のゲランに実現しない愛を求めたりと、ヴィオレットの彷徨は続く。
新作を書くために、ガリマール社という有名出版社から書く約束で毎月の送金を取り付けたと言ってボーヴォワールはヴィオレットを励ますが、実はこれはボーヴォワールが出していたのである。
ヴィオレットは南仏に出向きそこで、ガリマール社との約束の『破壊』を書く。内容は、彼女の学生寮時代の女性との交流や自身の妊娠中絶体験などだが、あまりにもエロティックとして出版社から削除を求められる。ジュネには寛大でも、性を語る女性は許されないがごとく。ボーヴォワールは抗議するが拒否される。
ショックを受けたヴィオレットは倒れ、精神病棟に入院。この入院費はボーヴォワールが払い「彼女を援助するのは友情ではなく義務だ」と言って。
退院後、毎月の送金がボーヴォワールからなされていることを知ったヴィオレットは、ボーヴォワールに「私の人生から出て行って」と叫ぶ。追いかけたボーヴォワールはなお叫ぶ「書くのよ」と。
最終章、ヴィオレットはルネという煉瓦職人と恋におち、その関係を主として書いたのが長編『私生児』。ボーヴォワールは、序文を献じ、1972年のヴィオレットの死を「運命は自由によって克服されることを彼女は示しました。それは文学による最も美しい救済です」と悼んだ。

ヴィオレットの愛情や 受容 への渇望 は、誰構わずの感じが否めず、彼女の激しさには、自己の実存を根底から受け入れてほしい(つまり人間には不可能?)といった痛々しさがある。
プロヴォ監督は「“書く”という行為の偉大な孤独の中に生きるヴィオレットを描きたかった」と述べているが、書くということは、まさしく自らを孤独に追い込んでいくような行為であろう。
ヴィオレットを演じたドゥヴォスの、激しさの背後に漂う寂寥感は秀抜である。またヴィオレットとボーヴォワールの友情も興味深い。ボーヴォ-ワールの女性が表現することを称揚するのみならず「経済的自立」が必要という懐かしい?言葉も。「女性と書く=表現すること」また赤裸々に書くという古くて新しい問題はいまなお顕在ではなかろうか。
女性にとって生きる=表現することの根底を問う必見の映画である。
タイトル:ヴィオレット―ある作家の肖像
主演女優:ルデュック・ヴィオレット(エマニュエル・ドゥヴォス)
シモーヌ・ド・ボーヴォワ-ル(サンドリーヌ・キベルラン)
主演男優:ジャン・ジュネ(ジャック・ポナフェ)
モーリス・サックス(オリヴィエ・ピィ)
監督:マルタン・プロヴォ
2013年/フランス
コピーライト:© TS PRODUCTIONS – 2013
2015年12月19日より東京神田「岩波ホール」ほか全国順次公開
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