私は「乳がん」がわかったとき、ごく親しい友人にしか伝えなかったが、そのひとりに舞台俳優のTさんがいる。
かつて、私がプロデュースした舞台(音楽家と俳優による即興パフォーマンス)を一緒に創りあげて以来、互いの仕事を認め、友人としての信頼関係を保っている。
彼はまだ30代だった頃、大腿骨が壊死する病気にかかったことがあった。昭和時代の天才歌手・美空ひばりがかかった病気と同じある。俳優生活の危機となったこのとき、彼は食生活を根本的に見直し、一時は杖をつかなければ歩けなかったからだを、見事に健康体に変えた経験を持っている。
うろたえながら電話をかけた私の話を、さほど驚く様子もなく、淡々と聴いてから、
「毎日、卵や乳製品、たくさん食べていない?」と、さらりと質問してきた。
「やっぱり、ね…」
なにが、やっぱり、なのだろう。
私は携帯電話を耳に当てながら、腑に落ちなかった。それほど自分の食生活が悪いと思っていなかったからである。
意外な問いかけに、あっけにとられながらも、普段の食べ方をありのままに伝えた。
確かに、卵やチーズは毎日のように料理によく使い、おやつがわりにもしている。特にゆで卵は、そのまま食べるのも好きだが、マヨネーズと混ぜてサンドイッチの具にするのがお気に入り。コーヒーにも、牛乳をたっぷり入れて、毎日飲んできた。
冷静になって考えてみると、昼食の時間を惜しんで仕事をすることが多かったこと、甘い菓子パンや乳製品で、ストレスや不満を解消していたことに気がついた。
毎日30品目の食品を摂ることは意識していたものの、その内容といえば、手抜きで、出来合いの惣菜に頼った食事の積み重ねだった。
子どもの食事バランスや栄養管理は一生懸命にやっていても、自分自身は仕事をしながら、その場で口に入るものをほおばり、食欲を満たしていた。
さらに、仕事の疲れやうっぷんは、お酒の力を借りて吹き飛ばす日々。
38歳で子どもを産むまでは、酒好きの友達も多く、同世代のサラリーマンの方々に負けないくらい、飲んできた。
そうした生活を思い出してみると、自分では健康への意識が高いと思い込んでいたが、決してからだを労わる暮らしぶりではなかった。
「乳がん」の手術ですっかり自信を失った私は、彼の指摘で、これまでの生き方を反省すべきときが来たことを感じていた。
しっかりと生きるためにも、何を食べるのかをよく考え、丈夫な心とからだを作っていかなければならないと。
そこでまず、じっくりと台所を見渡してみた。すると、インスタント食材やダシのもとがずらりと並んでいる。ささっとふりかけたり、混ぜ合わせるだけで、簡単に和風仕立てや中華の味付けけができるものばかりなのだ。
この料理法から、変えていかなければ・・・。
まず、手始めに作りはじめたのが、日本の伝統的な食材である「こうじ」を使った「塩こうじ」や「醤油こうじ」である。要は「こうじ」に塩や醤油を混ぜて、常温で発酵させるだけで、できあがるまで時間がかかるが、手間はさほどかからない。
毎日、より発酵がすすむよう、材料を混ぜるだけである。
「塩こうじ」や「醤油こうじをベースにし、ドレッシングや合わせ調味料などをつくる。驚いたのは、その美味しさで、余分な添加物や砂糖が入っていない自家製の調味料は、舌に絡みつくような甘さやしつこさがなく、素材の旨さを引き立てくれることだ。
頭で考えていたほど、手間と時間もかからない。味噌や醤油、料理酒も良質なものに変え、調合の割合を変えながら、いろいろと試してみると、毎回、違う味付けに仕上がり、これがまた楽しい。
次第に、これまでよく使っていた市販のドレッシングや○○のタレ、マヨネーズ類はいつの間にか冷蔵庫の片すみに移動し、すっかり影を潜めてしまった。
私たちは普通に生活しているだけで、無意識に、年間2キロの化学調味料をからだのなかに取り込んでいるといわれている。出来合いの惣菜やレトルト食品には、ほとんど化学調味料が使われているといっていいくらいで、よほど自覚的にならない限り、こうした人工物がからだに入っていくのを防ぐことはできない。
アメリカでは、こうした人工添加物が、発がんに関わっていると指摘する研究者もいる。
どこまで信用するのかによるが、いずれにしても化学的に合成された添加物は自然の恵みとはいえない。
神経質になりすぎると、逆にストレスになってしまうかもしれないが、特に必要ではないもの、からだに何らかの悪い影響を与えると懸念されているものは、なるべく避けた方がいいと思うようになった。
先述のTさんは、その後、「マクロビオテックス」の食事療法を研究している女性、Hさんに連絡を取り、紹介してくれた。
この食事法は歌手のマドンナが実践していることでもよく知られている。たまたまマドンナと私は同じ歳だが、どうしてあれほど強く美しい身体を維持できるのだろうか…。理想的な健康美を保つ食生活の秘訣を知りたい、と興味がわいてきた。

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