介護の仕事は、ほんとにたいへんです。私の知っている特養のスタッフの皆さんはいつも走っています。そういうかたに「ちょっと、ことばづかいが乱暴すぎませんか?」と言ったり、「もっとゆっくり丁寧に説明してほしいですね」などとことばのことで、注文をつけるなんてバチがあたりそうです。「ことばよりも先に大切なことがあります」とも言われそうです。
確かにそうです。「心のこもったいい介護」をしてもらえればそれで十分です。でも、ちょっと待ってください。心がこもっているかどうかはどうやってわかりますか。ことばなしでも心がこもる場合はありますが、ことばでそれが分かることの方が多いし、「よくやってくれている」とことばで思うから、「心のこもった介護」だと納得もします。ここでことば談義をするつもりはありません。まず、介護の世界で「ことば」が大事だということだけおさえておいてください。
本に戻ります。どうして「介護のことばをやさしく言いかえよう」という本を出したくなったかということから聞いてください。私も実は2009年までは介護のことばがこんなに不可解なものだとは全く知りませんでした。こんなにやさしくないことばがいっぱいあるとはつゆしらず、近い将来自分も身の回りのことができなくなったらそういう現場で介護を受けることになるんだと思っていました。
2008年にEPA(経済連携協定)で看護師・介護福祉士候補者(以下は看護師を除き、介護福祉士候補者だけを「候補者」と呼んで進めます)が初めて来日しました。私は長年日本語教育に従事していましたので、その漢字のない国から来た候補者が日本語の壁で苦しんでいるというニュースを見て、彼ら・彼女たち手伝うことができないかと考えました。ある施設から頼まれてそこに配属されたインドネシアの介護福祉士候補者の日本語の支援を始めました。それが介護現場の日本語との出会いでした。ほんとに驚きました。候補者が録音してきた引き継ぎのテープには「○○さん、23時ホウシツしましたところ、カイガンされておりました」「××さん、17時ベルトカイジョしました」など、やっと聞き取れても「ホウシツ」って何?どうして人が仏様みたいに「カイガン」するの?「ベルトは介助なの?解除なの?」これでは教えるどころではありません。泥縄の介護用語の勉強を始めました。国家試験にはもっと難しい言葉が出てきます。候補者たちは4年目には国家試験を受けて合格すれば、ずっと働けますが、不合格だと帰国しなければなりません。
介護現場ではこんな難しいわけのわからないことばをたくさん使っている!これをどうやって外国人に教える?その悪戦苦闘の副産物として生まれたのが、この本です。
よく言われている「褥瘡」を「床ずれ」に、「びらん」を「ただれ」に言いかえるなどを手始めにしています。私自身も知らなかったのですが、排泄物で汚したり汚れたりすることを介護の場では「尿汚染」「トイレ汚染」など「汚染」ということばを使っています。それはひどいではないですか、「尿」で衣類が濡れるのと、放射能で大気が汚染するのとでは大違いです。「汚染」はやめて「汚す・汚れる」にしてください、というようなもの、それとカタカナ語です。最近、介護に従事する家族も休みが必要でそのためのデイサービスの活用などが認められてきています。これを「レスパイトケア」とよんでいますが、英語のわからない人には何のケアだかわからない、それよりもずばりと「共倒れ防止ケア」としたらどうですかと提案しています。
まず何よりも、介護の現場にはすごいことばが残っていることを知っていただきたいと思います。そしてこうしたことばを新しく入ってくる外国人従事者にも覚えてもらわなければいけないのかどうか考えていただきたいと思います。ご自分が介護される時こうしたことばのなかで居心地よくいられるだろうかとお考えくだされば答えは簡単でしょう。
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