監督の古居みずえさんの、優しいまなざしに包まれたドキュメンタリー映画である。

全村避難となった故郷の飯館村を離れ、ひとり仮設住宅で暮らす榮子さんは、飯館村にある、もはや無人となった自宅を訪れ、そこに残された、たくさんの命に言葉をかけていく。庭に咲いていたクリスマスローズ、椿の葉っぱ、タラの芽、仏壇に置かれたお義母さんや夫の遺影にまで、「よう咲いたねぇ」「がんばってねぇ」「寂しいねぇ」と。明るく振るまっていた瞬間、空を見あげた榮子さんの眼から涙がこぼれるのを見て、わたしは、彼女のかけがえのない日常を奪ったものへの怒りや哀しみで胸がいっぱいになった。人間をとりかこむあらゆる自然や、命をつないできた先祖たちといった〈声なきもの〉に寄り添って生きる術を、古里の土とともに生きてきた人びとは、その身に染み込ませ、自ら体現して暮らしてきた。その暮らしをまるごと奪われることは、どれほど身を切られる思いだっただろうかと想像すると、とても言葉にならない。

強いられた仮設住宅での暮らしの中、榮子さんは日常を失った悲しみを、できる限りそれまでの日常を再現することで乗り越えていこうとする。飯館村での暮らしと同じように畑で手を動かし、日々の糧を自力でつくり出すこと。郷里の味を自分たちの世代で失わないようにと、他の地域の人たちへ伝え、ともに味わうこと。そして隣の仮設住宅に住んでいる親友のよっちゃんと、どんなときもユーモアを忘れずに笑いあうこと・・・。これまでどおり、土と共に生きる日常を取り戻すことによって、榮子さんが自分を取り戻そうとしていく姿に、こちらも泣いたり笑ったりしながら、いつのまにか元気をもらってしまっていた。その、しなやかな強さは、彼女が長いあいだ、土から受け取ってきたものなのだろう。温かく、安心できる強さだと思った。

彼女の強さは、それにとどまらない。榮子さんはできる範囲で、破壊をもたらしたもの(それは、原発そのものであり、国であり、それに加担する村長だったりする)に異議を唱え、声を上げようとしていく。よっちゃんとの何気ない会話の中で、彼女はこう言う。「オラは自分の思いしか言わねえよ!人の分まではやんねぇよ。(腹の中で思ってるだけで)黙ってる人はずるいべ」と。「榮子さんみたいにパーッと言ってもらいたいんだ」と、隣でよっちゃんは静かに笑うけれど、榮子さんの言うとおり、声を上げなければ、全てが無かったことにされていく。声なきものたちの痛みに、聞く耳を持たない相手だからこそ、榮子さんはがまんできずに、声を上げるのだろう。土の嘆きにも感じられる、その声を受け止めなくては。わたしたちの誰もが、土の恵みに生かされているのだから。(中村奈津子)

公式ウェブサイトはこちら

2016年5月7日(土)よりポレポレ東中野で、
6月4日(土)より横浜シネマリンでロードショー。
名古屋シネマテーク、第七藝術劇場でも順次公開予定!

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<イントロダクション>

菅野榮子(かんの・えいこ/写真右)さんは79歳。
孫に囲まれた幸せな老後を送るはずが、
福島第一原発の事故で一転する。
榮子さんが暮らす福島県飯舘村は全村避難となり、
ひとりで仮設住宅で暮らすことになった。

支えは親戚であり友人の78歳の
菅野芳子(かんの・よしこ/写真左)さんだ。
芳子さんは避難生活で両親を亡くし、
ひとりで榮子さんの隣に移ってきた。
「ばば漫才」と冗談を飛ばし、互いを元気づける、
2人の仮設暮らしが始まった。

榮子さんの信条は、食べるものは自分で作ること。
ふたりで畑を耕し、トマト、キュウリ、芋、大豆、
大根、様々な作物を収穫する。
かぶや白菜の漬物、おはぎ、にんじんの胡麻和え・・・、
「おいしいよ」と笑顔で食卓に手料理を並べる。
村の食文化を途絶えさせたくないと、
昔ながらの味噌や凍み餅(しみもち)の作り方を、
各地に出向いて教えるようにもなった。

飯舘村では帰村に向けた除染作業が行われている。
だが高い放射線量、変わり果てた風景・・・。
ふたりは先の見えぬ不安を語り合い、
泣き笑いながら、これからを模索していく。

<監督について>
監督の古居みずえは30年近くパレスチナの取材を続けている。
特に女性や子どもに焦点をあて、『ガーダ パレスチナの詩』
『ぼくたちは見た -ガザ・サムニ家の子どもたち-』など個人や
家族に密着したドキュメンタリー映画を発表してきた。
本作でも、故郷を奪われた哀しみを抱えながら、
たくましく生きる女たちを丁寧に見つめていく。
原発事故から5年、未だに10万人が避難生活を続ける。
避難の長期化による孤立や分断が深まるなか、
私たちに何ができるのか。
本作を通じ、ともに“これから”を模索してほしい。

出演:菅野榮子 菅野芳子
監督・撮影:古居みずえ
プロデューサー:飯田基晴/ 野中章弘 編集:土屋トカチ 整音:常田高志
宣伝協力:東風 配給:映像グループ ローポジション
製作協力:映像グループ ローポジション/ アジアプレス・インターナショナル
製作:映画「飯舘村の母ちゃん」制作支援の会
2016年/95分/HD/ドキュメンタリー
©Mizue Furui 2016