夕方テレビを背に料理をしていたら、なにやら変なことば遣いが耳に飛び込んできて、急いでテレビの画面を見た。立派な体格の、黒っぽいスーツを着た青年が緊張して立っている。その席でこう言ったのだ。「奥さんと両親に相談し、真実をいう決心をしました」と。 野球賭博の疑いで週刊誌に名前を書かれた巨人軍の選手が、球団の調べに対してはしていないとうその供述をしてしまった、が、精神的にも参ってしまってこれ以上うそをつき続けることは無理だと思って、「奥さんと両親に」相談したのだということだった。一瞬「だれの奥さんのこと?」と思ってしまった。

 こういうときに男性は、自分の妻のことを「奥さん」というのか? 中年以上の男性だったら「家内と相談して」ではないだろうか。最近は配偶者のことを「妻」という男性も出てきているから、「妻と相談して」となるだろう。いやな言い方だが「嫁」という呼び方が若い夫に増えているらしくて、そういう男性は「嫁と相談して」というだろう。「奥さん」は他人の妻のことを呼ぶ言い方ではないのか。

 冗談や照れ隠しに男性が「いやー夕べ酔っぱらって帰ったら奥さんに叱られてねー」というような言い方でなら自分の妻のことも言うかもしれない。しかし、大勢の記者に取り囲まれて謝罪の会見をする、テレビに映され、新聞にも書かれるそういう公的な会見で妻のことを「奥さん」というのか。それが違和感のもとだった。

  EPA(経済連携協定)で来日しているインドネシアの介護福祉士候補者に対するインタビュー記事を読んだ。
 インタビュアー:合格したらどうしますか。奥さんを呼び寄せるとか、日本にしばらく生活するということは考えませんか。
 候補者::今後のことは全然奥さんと話していないから、まだわからないです。

 この候補者はインタビュアーが「奥さん」といったのを受けて、そのまま自分の妻のことを「奥さんと話していない」と言っている。日本語がまだ上達していない段階ではこうした相手の言葉を繰り返して使うということはよくある。いわば発達途上のことばとして「奥さん」が使われた例である。

 野球選手の「奥さん」使用の由来はわからない。しかし、大人になっても、こうした拙いことば遣いが許されること――これはこの「奥さん」に限ったことではないが――が日本の社会の寛容さなのだろうか。

 念のためにつけ加えておくが、他人の配偶者を「奥さん」とよぶのはおかしくないといっているのではない。今や家の奥にいる/いられる女性はほとんどいなくなった。「お外さん」のほうがふさわしい呼び方かもしれないのだから。