生命誌を語る中村桂子さん

「地球上に命が誕生して38億年。人間はあらゆる生物と誕生を同じくする〈生きもの〉であり、自然の一部である」というメッセージを伝え続けてきた、理学博士でありJT生命誌研究館の館長でもある中村桂子さん。DNAの不思議に魅せられ、そこから38億年の命のつながりを紐解くために「生命誌」を構想された彼女の、壮大なメッセージが全編に散らばった、とても豊かな気持ちになるドキュメンタリー映画だ。大げさに聞こえるかもしれないけれど、そのメッセージと彼女を中心に織り上げられた曼陀羅、あるいは広がりのあるパッチワークのような映画、と言ってもいいかもしれない。見終わったあと、まさに映画のタイトルにあるような、澄んだ水や風に触れた後のような心地よさが残る。

映画には、大きなモチーフが3つある。ひとつは、桂子さんが長年、提唱されてきた「生命誌」と、大阪府高槻市にあるJT生命誌研究館について。研究と表現をとおして自然・生命・人間について考える場(ホール)だという研究館は、その映像を見ているだけでワクワクする。大人になるにつれ、いつのまにか虫が苦手になってしまったわたしでも、さまざまな虫たちの、命をつなぐための外界への適応力には感嘆せざるをえない。子どものころに感じた、人間は人間以外の生き物には本当に叶わないなぁ、という気持ちを強く思い起こさせられた。

映画と、旅の始まり 岩手山

小学校農業課で、子どもたちとともに

もう1つは、東日本大震災(3.11)の後に研究者の無力さを痛感し、これからわたしたちはどのように生きるのかを考えたという桂子さんが読み直したという、宮沢賢治の物語にある世界観と思想に寄りそう岩手への旅。そして、彼女のアイデアで実現したフィギュア・アート・シアター「セロ弾きのゴーシュ」について。賢治の『いちょうの実』が昔から大好きなわたしは、彼女が旅の途中でその一節に触れただけで嬉しくなってしまったのだけれど、シアターが本番をむかえるまでのプロセスとともに、最後に見せてもらえる作品の一部は、声を上げそうになるくらい素敵に仕上がっている。

「セロ弾きのゴーシュ」の一場面

最後は、桂子さんと同じように「人は自然の中で、自然とともに在る」という実感を大切にして、各地で活動を続けてきた5人の著名人との対話。

児童図書編集者であり、3.11のあとに「3.11絵本プロジェクトいわて」の代表として被災地の子どもたちへ絵本を届ける活動を続けてきた末盛千枝子さん、建築家として被災各地で「みんなの家」というプロジェクトを進める伊東豊雄さんほか、造形作家の新宮晋さん、民俗学者の赤坂憲雄さん、探検家・医師の関野吉晴さんとの対話はそれぞれ、桂子さんの好奇心に触発されて展開し、刺激に満ちていて面白い。赤坂憲雄さんが、自然あふれる彼女のご自宅を訪ねて、思わず「恐れ入りました、って感じですね。これが東京ですか」と漏らすのだが、彼女のバイタリティーや人となりの好ましさは、まさにその言葉を拝借して「恐れ入りました、って感じですね。これが中村桂子さんって人ですか」という感じだ。彼女の明るいエネルギーは、常に38億年の命のつながりに思いをはせ、あらゆるいきものを大切にし、その思想をまさに実践して暮らしていらっしゃるからこそ湧きだしてくるものかもしれないと思った。

JT生命誌研究館には、織物で作られた「生命誌マンダラ」がロビーの天井に飾ってあるそうだ。この映画で感じた、わたしもいきものの一人なんだなぁ、という気持ち。それを肌で感じるために、この研究館をいつか訪れてみたい。公式ウェブサイトはこちら(中村奈津子)

新宮晋さんの風のミュージアムにて

<今後の上映スケジュール>
福岡 KBCシネマ1・2 2016年5月28日(土)〜6月3日(金)
逗子 シネマ・アミーゴ 2016年5月29日(日)~6月11日(土)
佐賀 シアター・シエマ 2016年6月4日(土)~ 10日(金)
三重 伊勢市ハートプラザみその 2016年6月11日(土)(「水と風と生きものと」を上映する会主催上映会、問合せ先:090-8209-2582(田島)E-mail: ningenclubise@gmail.com)


<映画『水と風と生きものと』について>
企画:村田英克 / 監督:藤原道夫 / プロデューサー:牧 弘子 / 撮影:中島博道 中井正義 長谷川武弘 長谷川 諭 / 録音:藤平喜弘 / 助監督:渡邊将好 / 編集:槙樹 譲 / 音楽効果 :北條玄隆 / 編集 MA:ヨコシネディーアイエー / 宣伝:松井寛子

製作:メディア・ワン JT生命誌研究館
配給:メディア・ワン
2015年 / 日本 / 119分 / HD / カラー / ステレオ / ドキュメンタリー

~あなたの町でも、上映会を催しませんか?~
配給:メディア・ワン
問い合わせ:牧 弘子
E-mail:maki@mediaone.co.jp