祝島の磯・4月

アオサとフノリとソウカイのブカイ

「13日か14日、ソウカイのブカイになるじゃろう」
 2015年4月5日、アオサからフノリの季節の大潮(おおしお)の日。電話をとると祝島の友人からそう告げられた。ソウカイのブカイは、上関(かみのせき)原発のための漁業補償金の配分案についての、山口県漁協祝島支店(支店)の「総会の部会」のこと。開催したい山口県漁協本店(県漁協)と異論の大きい支店が対立しており、13年度中に4回延期された。13ヶ月ぶりに県漁協が動きはじめたなら気になる。取り急ぎ関連する情報の収集・整理をおこない、11日に祝島へ向かった。

 その間、4月6日夕方には「総会の部会招集通知」が支店の組合員へ届いた。日時は4月14日午前9時、場所は県漁協の柳井事業所とある。今回はじめて開催場所が、祝島でなく本州の柳井港(やないみなと)にある会場となった。これまで「総会の部会」の開催を認めないとしてきた「上関原発を建てさせない祝島島民の会」(「島民の会」)は今回、どう対応するのだろう。7日晩の「島民の会」の全員集会は「かつてない展開」(50代女性)だったと聞き、出席した人たちに話を伺った。

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祝島から臨む上関原発予定地

「33年前に戻ってもうひと頑張り」

 全員集会の冒頭、「島民の会」代表の清水敏保(としやす)さんはこう切り出した。
「『島民の会』は、上関原発を建てさせないことだけを目的に、ひとつになってやっている。漁師さんも、旧祝島漁協の頃から原発反対を決議し、原発のための漁業補償金は受けとらず、頑張ってきた。初心に返って、意見をお願いします」
 これまで集会など公の場では、発言を促されても実際に口を開く人は限られがちだった。だが今回は女の人や若者からも発言が相次ぎ、空気を決したようだ。60代なりたてと祝島では「若手」の女の人も、珍しく意見を述べたひとりだった。
「このまえ法事で人が集まったとき、昔からの話を聞いた。祝島の全員が、いろいろな運動をしてきた、原発を建てさせたくないと、一緒になって闘ってきた、だから上関原発はできずにすんだんよ、と。漁師の人たちの議決権は、百姓・漁師・店屋…祝島みんなの結集と思う。そういう人たちの思いを…」
「汲(く)んでもらいたいね…」と、いつしか70代半ばになった女の人が、思わず言葉を継ぐ。頷くようにその「若手」は、「それを思い出してもろうて、一票に託すわけだから、漁師さんみんなの家へ『一緒に頑張っていこう』とお願いに行く方がええのじゃないか」と、静かに提案した。
「いつもお願いに行くのは女の人ばかり。男の人も神経を太くもって一緒に行ってほしい」という声もあがる。
「33年前に戻ってもう1回、みんなで頑張ってみようじゃあないか」。女漁師の竹林民子さんの言葉に、盛大な拍手が起きた。

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 4月11日。祝島に着いた私は熱い空気に驚いた。「島民の会」は今回、漁業補償金の配分案に「反対」する意思表示を書面で行おうとしていた。県漁協の定款(ていかん)には「書面または代理人をもって議決権を行うことができる」と定められている。ただ、書面による議決を県漁協は認めない、との情報もあるようだ。


「漁協の定款は漁師の憲法」

 13日(月)午前10時、支店の組合員の木村力(つとむ)さんは県漁協へ電話をかけた。「定款46条2の5と規約19条3の2に則って、これから書面で議決権を行使しようと考えている。差し支えないですね。大事なことなので念のため確認したい」。だが「担当者不在」で要領を得ない。
 午前11時、支店の入り口前に「島民の会」の人びとや報道関係者が集まった。「今から、明日の『総会の部会』における議決を行う書面を提出します」。支店の副運営委員長の岡本正昭さんと正組合員の橋本久男さんが支店に入り、正組合員28人を代表して「議決権行使書面」を提出。支店長は不在だったが、驚いた表情の職員が電話を取り次ぐ。
「(県漁協は)書面を受け付けることはできない。定款には、会場に来られない場合の議決方法として書面と委任状があるが、両方やるときもあれば、委任状でやるときも、両方なしのときもある」。県漁協の担当者の声が、電話のスピーカーを通して支店内に響いた。

議決権行使書面を提出

「定款を守れ」「漁協の定款は漁師の憲法じゃ」。支店の内外で声が飛ぶ。
「今回の『総会の部会』は、多くの組合員に話を聞いてほしい。でもお年寄りもおり、行こうとしても行けん場合がおきては困るから(招集通知と一緒に)委任状も送った。議決権を行使する書面は送ってない。だから書面は受理できない」と県漁協の担当者。橋本さんはこう返した。
「書面を送ってないのは、そちらの不備で、理由にならん。柳井港の会場へ行こうにも、シケになったら行かれんことも多い。『議決権行使書面』を出せば、明日もし行かれなくても自分の意志を示すことができる。だから今回こういう形をとった。定款規約に則って出したものを“受理できん”というなら、理由を言うてくれ」
 だが応酬を重ねても理由も根拠も示されない。「正組合員の権利の行使として書面を提出する」と言うと橋本さんは電話を切った。

 正午を告げるチャイムが鳴った。祝島と本州を結ぶ定期船の出航時刻が迫る。次は午後5時すぎまで船はない。記者が次々に帰っていく。残るはテレビ局1社となったとき、やっと県漁協の判断が出た。支店の正組合員の過半数28人分の書面を、事務員が県漁協へfaxしはじめる。音を立てて1枚ずつ書面が送られるのを見届けながら、橋本さんはふっと呟いた。「委任状にしてくれと県漁協は繰り返したけど、委任状だと勝算があるんかのぅ」。
 実際それは不思議だった。県漁協の言動は腑に落ちないところも多い。「わからないことは水産庁へ聞くといい」と漁業制度の専門家から助言を得ていたので、私は急いで疑問を整理して水産庁へ問い合わせた。議決権を書面で行使するには「総会の部会」開催までに書面を提出しなければならない。では、提出したが「受理できない」と言われた場合はどうなるのか? 「総会の部会」の開催は14日午前9時。ぜひ13日中に確認したかった。
「漁協で主権は組合員にある。議決権という組合員の権利が行使できないなら例外規定が必要で、それを事前に示すことは必須だ」。祝島の人びとの、その正論に押されたのだろう、最終的に午後5時の直前、「正式に受理した」と県漁協から連絡がきた。

暗雲晴れた「総会の部会」会場

「天が味方してくれちょる」

 14日。午前6時45分発の定期船は「総会の部会」の応援に行く人で混んでいた。船が周防灘(すおうなだ)と伊予灘(いよなだ)の境に差しかかるころ、のぼる太陽が海上に輝いた。雨の予報がはずれ、「天が味方してくれちょる」と喜ぶ声がする。
 午前8時、柳井港に到着。300メートル程はなれた場所にある会場は、衝立てで囲い、私設警備員を配置する物々しさだ。新規加入の准組合員3人が入場を拒まれ、水協法25条を示すなど本人やまわりが抗議してようやく「傍聴なら」と入場できた一幕もあった。
 午前10時すぎ、清水さんが会場前に姿を見せた。「『総会の部会』で漁業補償金の配分基準案は、賛成24名、反対28名、否決されました」。各地から集まった約100名の人びとは両手をたたいて安堵する。帰りの定期船の時刻まで約5時間、食事や買物でもして過ごそうかと、祝島の人びとは賑やかに散って行った。

 頭上にあった暗雲もいつしか晴れ、青空が広がる。3日後はまた大潮。憂いなく磯へ向かう人が増えそうだった。