撮影 鈴木智哉

*離婚後も自宅に住み続けたいのですが、可能でしょうか。

ケース1夫と共有名義の不動産に債務者が夫のローンが残っています。私が夫名義の持分を取得し、今後のローンの返済もするつもりです。しかし、夫はローンの名義を私に代えられなければ、持分を譲渡したくないといいます。

ケース2財産は自宅不動産しかありません。夫は障がいがあり日常生活もままならない私を置いて勝手に出て行ってしまい、生活費を送金もしてくれません。離婚はしたいのですが、自宅を私のものにすることはできませんか。

ケース3夫が自宅を出て行き、私と小学生の子どもが住み続けています。近所の友だちとも離すことになる引っ越しはしたくありませんが、夫の持分の価額を払うお金もなく、諦めるしかないでしょうか。

自宅不動産がある場合、それを売って売却益を分けるのであれば、比較的簡単ですが、どちらかが住み続けたい、それも資力のない方が住み続けたい場合には、どうすればいいか、悩ましいものです。

 ◎ローンが残っている場合
ケース1は実際よくあることで、双方が離婚に合意していてもこの点がネックとなり、解決が長引きもします。当事者間では不動産の譲受人がローンを払うことを約束したところで、金融機関がローンの名義変更に応じるのでなければ、名義上は債務者が変えられません。ローンの借り換えも、応じてくれる金融機関がなければ、実現できません。また、判決で免責的債務引受(当初の債務者が責任を負わなくて済む債務引受)を命じたとしても、第三者である金融機関には効力が及ばないので、意味がありません(だから、そんな判決はありません)。債務者の名義は変わらないままでも当事者間で「譲受人が責任をもって返済する」という条項で和解が成立できる場合もある。離婚しようという当事者双方には不信感があり、譲受人側は「自分が譲渡人の名義の通帳にローン分払った後譲渡人が引き出したりするのではないか」、譲渡人側は「結局譲受人はローンを払わなくなるのではないか」と疑うものですが、相互に不信感を超えて和解するか、あるいは地方裁判所に共有物分割請求訴訟(共有状態を解消する手続(民法256条以下)。現物分割が原則ですが判例上価額賠償=共有物を共有者のどちらかに帰属させ、他の共有者には対価を払わせる方法も認められています)を提起するか、どちらかになります。

◎扶養や慰謝料を加味した解決
清算的分与だけで済ませるには酷な場合に、扶養的財産分与や慰謝料的な要素も加味して、妻に自宅不動産を取得させる事案もいくつかあります。たとえば、ケース2のもとになった浦和地判昭和60年11月29日判タ596号70頁では、日常生活も不自由な右半身不随の身体障がい者である妻を夫が置き去りにし、生活費も送金せず、妻は二世帯住宅の一角を貸してその賃料で何とか生活している状態でした。判決は、妻が将来の生活の不安が極めて重大であり離婚後扶養が必要であることや、不貞した夫が慰謝料支払義務があることも考慮して、土地建物全部を妻に分与することが相当としました。

 ◎賃借権を設定する解決
収入の少ない妻が、財産分与や多少の慰謝料、養育費を得ても、離婚後の生活がとても厳しくなることが、残念ながらよくあります。せめて子どもが大きくなるまでは環境を変えたくない、このまま自宅に住みたいと希望する妻は多いです。ケース3に関連して、夫から離婚請求、妻から離婚の反訴請求がなされた名古屋高判平成21年5月28日判時2069号50頁は、別居が夫による悪意の遺棄といえること、遠い将来における夫の退職金等を分与対象に加えることが現実的ではないこと、自宅マンションの一部が妻の特有財産であること、本件婚姻関係の破綻につき妻に責められるべき点が認められないことなどを踏まえて、妻に、扶養的財産分与として、離婚後も一定期間の居住を認めて、その法的地位の安定を図るのが相当であるとしました。具体的には、長女(控訴審当時12歳)が高校を卒業する月まで賃料を月額46,148円として妻の賃借権を設定しました。
ただし、私が受任してきた事件では、その前になんとか和解してきたこともあり、このような判決を得たことはありません。

賃借権や使用借権を設定して解決する事案は珍しく、そのような判決を獲得するよう賭けてみる、というのは、リスクが高いもの。不動産が絡む財産分与事案は、実際には調整に調整を重ねて和解で解決することが多いです。