
撮影:鈴木智哉
60 暴力や不貞があったわけではないけれど慰謝料を請求できる?
ケース1
夫から身体的な暴力をふるわれたわけでも、浮気をされたのでもないのですが、やることなすこと度を超した非難をされてきました。有名なお祭りシーズンのため飛行機がとれなかったら、「子ども連れの旅行なのに全く計画性がない」と責め立てられました。また、夫の実家に帰省したとき、夫の母が体調を崩したのですが、帰りの飛行機を取っていたので、夫の指示もあり、子どもと帰宅しました。すると、夫から、「残って母の面倒を見ると言わなかった」、「母に対する挨拶が悪い」と繰り返し責められるようになりました。その上、私を対等とはみなさず、一段劣ったものと見下しました。
夫の方から離婚請求されました。私も離婚は仕方ないと思います。しかし、訴訟の中でも、私のことを知能が低いとバカにした主張をする夫から、せめて慰謝料がほしいです。認められるでしょうか。
ケース2
夫と相談の上で、夫の収入の全てを私が管理してきました。夫には毎月3万円のお小遣いを渡しましたし、夫はカードも利用して買い物もしていました。2人で買い物をしたり旅行をするなど楽しく過ごしてきました。ところが、夫は突然預金通帳などを引き渡せと言い出しました。私は驚きながらも返しましたが、数日後夫は家を出て行ってしまい、離婚を請求してきました。夫の豹変ぶり、さらに訴訟になって私が夫の収入を全て取り上げたなどと嘘ばかり言い出したことに、ショックを受けました。離婚するならば、慰謝料を払ってほしいです。
◎不貞や身体的な暴力がなくても
前々回に書いた通り、離婚慰謝料としては、暴力や不貞など個別の不法行為から生じる精神的苦痛の慰謝料というよりも、離婚そのものによる精神的苦痛の慰謝料(離婚自体慰謝料)として請求することが一般的です。とはいえ、不貞や身体的な暴力など個別の有責行為が認定されると慰謝料が認められやすい傾向にはあります。もっとも、不貞や身体的な暴力がなくても、様々な言動が婚姻関係の破綻の原因とされ、さらに慰謝料の支払いを命じられています
◎ 知能・知性が低い」などと人格攻撃
ケース1が参照した横浜地判平成3年10月31日家月44巻12号105頁は、ある年の8月の旧盆に夫の母のいる徳島県に帰郷した際のトラブルから夫婦が不仲になった事案です。阿波踊りのため妻が予定通りに飛行機の予約が取れず約束の日時に遅れて到着したことに夫は立腹。帰宅の際のことでも上記の通り妻は夫から責め立てられました。これを機に夫婦間の会話もなくなります。
夫は妻には夫の母に対する親孝行は期待できないと考え、離婚調停を申し立てます。妻は当初離婚に反対しましたが、後に応じる意向になりました。しかし、双方が長男の親権を譲らず、訴訟へ移行します。夫は妻について、「中身がない、人間的に成長していない、知能・知性が低い」などと決めつける主張を繰り返しました。
判決は、このような事実を認定した上で、婚姻関係の破綻原因を作ったのは主として夫であるとして、慰謝料150万円の支払いを命じました。妻の人格非難ともいえる上記の主張を夫がしたのは、妻が親権者としてふさわしくないことを印象づけるねらいであろうと裁判所は推測しながらも、慰謝料を認める諸事情のひとつとしました
◎「お金を勝手に取り上げた」と事実と違う攻撃
ケース2のもとになった横浜地判平成9年1月22日判時1618号109頁は高齢の夫(明治44年生)と妻(昭和2年生)の事案です。夫の地位・収入に恵まれた上、交友関係もきわめて広く、海外旅行やダンスパーティなどともに出歩く機会も多く、別居直前まで人生を大いに楽しんでいる状況でした。ところが、夫は不仲になっていた前妻との子どの仲を回復したいと思うようになり、妻にその旨提案することもありましたが、受け入れてはもらえませんでした。
そのような事情から、判決は、夫が別居したことについては、それなりに悩みぬいたやむを得ないことと認めながらも、妻にとっては、夫の態度の変化の真意が把握できない状況であったこと、さらに、同居中夫はその収入のすべての管理を妻に委ねていたのに、訴訟において、妻が夫の収入の全てを勝手に取り上げた等と主張したことから、夫の一連の言動の中に妻に対する不法行為を構成するものも含まれるとして、夫に慰謝料300万円の支払いを命じました。
慰謝料の1回目に書いた「相場」からすると、300万円は相当高額です。夫の資力や、妻が高齢であることも考慮しての金額かとも思われます。
◎激越な主張は災いのもと
訴訟中、特に離婚原因や親権についてこれといったキメ手がないときなど、つい激越な主張を展開してしまう危険があります。しかし、ケース1もケース2も、訴訟中の過剰な主張も考慮されて慰謝料が認容されています。勢いに任せて筆が走る、ということがないようにしたいものです。
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