オリンピックの閉会式にリオデジャネイロまででかけた小池都知事、五輪旗を引き継いだ後の記者との会見で次のように語ったそうです。

 「コストと納得感との接点がどこかに必ずあるはず。レガシー(遺産)を残すというところでは、かけるべきものについてはかけていいと思っている」とも述べた。 東京大会では「アスリートファースト」をめざすとして競技場の整備や指導者の強化にも言及。(朝日新聞8月23日27面 東京版)

 ほかのwebの記事でも同じ言葉が使われています。

 東京都の小池百合子知事は21日のリオ五輪閉会式後、報道陣に「アスリートファーストを実現したい」と述べ……、(毎日新聞 2016年08月23日 12時04分)

 今回気になるのは「レガシー」「アスリートファースト」のカタカナ語です。

 カタカナ語が増えて困るとは、もうずっと前から言われ続けています。小泉首相の時、厚労省など官庁の書類のカタカナ語が多くて、首相がクレームをつけたことがありました。それで一時期カタカナ語の使用にブレーキがかかったような風潮がありました。

 いま、そういう機運も風潮も見られません。どんどんまた新しいカタカナ語が生まれ、使われています。スポーツやファッション、IT関連でのことばは数えられないほどですし、一般社会面に出てくることばでも「ドローン」「ヤングケアラー」「ヘイトクライム」「ウエアラブル」など追いかけるのが大変です。

 東京都の新知事もカタカナ語が好きな方のようです。
「(東京オリンピックで)「レガシー」を残す」というのはどういうことでしょう。何をどうすることでしょう。本来この語はレガシーシステムのなどとしてパソコンの世界で使われてきたようです。「レガシー=遺産」の意味ですが、古いものでいいものだったが、時代に合わなくなったもの、その結果、高い性能の足を引っ張る困った機能のことを言いました。「負の遺産」の意味で使われたのです。それが最近の新聞ではオバマ政権の「レガシー(遺産)」という使い方もされ、オリンピック関連の記事でもこの語は多く使われています。現在多く使われているのは未来へ残す遺産という意味のようです。

 最初の新聞記事にもどりましょう。まず「レガシ―(遺産)」と書いてあることが気になります。( )つきの「(遺産)」です。新聞記者は、知事の言った「レガシー」を忠実に伝えたい、でもそれだけではわからない人もいる、そう思ったのでしょう。あるいは校閲の記者かもしれません。まだカタカナ語だけでは通用しない、わからない人がいるという認識です。だったら「遺産」だけではどうしていけないのでしょう。東京オリンピックでいい見本を示して「将来へ遺産を残したい」で十分通じます。「レガシー」と耳で聞いても「なに、それ?」とわからない人もいるかもしれませんが、「将来への遺産」だったら十分わかります。( )で説明をつけなければいけないようなことばは、1300万人もの都民に向かって言うことばとしてふさわしくないのです。

 次の「アスリートファースト」です。これもわからない人が多いことばでしょう。「アスリート」って「運動選手」のことでしょう?「運動選手」とどう違うのでしょう。「運動選手」ではどうしていけないのでしょう。最近たしかに「アスリート」がよく聞かれます。「運動選手」は学校時代の部活で汗水流した刻苦勤勉型、「アスリート」は色彩豊かな高級な衣類や靴を身につけ、科学的なデータを見ながらコーチに指導をうけるスター型……、まさか、そんな違いで使い分けられているとは思いません。どちらもスポーツで技を競う人であることに違いはありません。カタカナ語は、新鮮・明るい・かっこいいなどいいイメージでとらえる人が多く、新しい語が使われ始めるとすばやく受け入れられていきます。

 カタカナ語がかっこいいだけの場合はまだいいのですが、カタカナ語には軽くてムードに流れるという弊害もあるので要注意です。たとえば「メルトダウン」と「炉心溶融」です。「炉心溶融」と読んだり聞いたりすると、大変な事態が起こっているらしいと衝撃を受け、対策はどうなっているんだ、と焦ったりもしますが、「メルトダウン」では、何か溶けて落ちているようだとはわかっても「炉心溶融」ほどは強く響きません。その深刻さも伝わりません。

 知事は、オリンピックは選手が第一だという意味で「アスリートファースト」と言ったのでしょう。オリンピックは、政治家のものでも、企業のものでもない、まして国のものでもなく、(「国威発揚」なんてとんでもない!!)選手たちのものです。それは全く当たり前のことです。その当たり前のことをわざわざ言わなければいけなかったところにこそ問題はあります。今までのオリンピックが、選手のことよりも、国のメンツが優先したり、背後か下面かで暗躍するもろもろがいかに多かったか、ということでしょう。ですから知事が、当たり前の「選手第一」をはっきり前に出したことは、それはそれで大変結構なことでした。

 しかし、それをなぜ「「アスリートファースト」などとカタカナ語で言ったかです。「選手中心」、「選手本位」、「選手第一」、すぐわかることばでいくらでも言えます。そうしたわかりやすいことばよりも、カタカナ語のほうがかっこいいと思ったのでしょうか。そう言った方が強い印象を与えられると思ったのでしょうか。いいえ、むしろあいまいにしてしまっています。「アスリートってなに? ストリートなら聞いたことあるけど」。「ファーストって、ファーストフードのこと? マクドナルドみたいな?」。いろいろためらいながら、このことばを聞いた人もいるでしょう。

 あいまいにしないではっきり言ってください。かっこよさよりも言いたいことがはっきり伝わることばを使ってください。東京は超高齢社会の真っただ中です。東京オリンピックのための税金を払う都民の多くが高齢者です。そうした納税者にとって抵抗なく、すっとわかることばを新都知事は心がけてください。