
撮影:鈴木 智哉
ケース
夫は私という妻がいるのに、部下の女性に主任として指導しているうちに親しくなり、その女性のアパートでセックスをしたそうです。アパートの鍵まで受け取り、頻繁に行っては、セックスをしたそうです。私は夫の浮気を知って夫の上司に伝えたところ、女性はようやく別れることにして、夫は鍵を返しました。ところが、夫は、その後も女性に電話をかけたり、アパートに行ったりしたようです。夫に押し切られて、何度かセックスをしたそうですが、何とか2人は関係を解消しました。
女性は、会社を辞め、遠方の実家に戻りました。 夫も私とやり直す気持ちになってくれました。
でも、気持ちがおさまらず、代理人にお願いして慰謝料を支払えとの内容証明郵便を送りたいです。
◎不貞の相手方に対する慰謝料請求を否定する説も
夫又は妻は、不貞した妻又は夫に慰謝料を請求できます。では、妻又は夫と不貞行為をした人にも請求できるのでしょうか。
週刊文春のスクープ後、川谷絵音に対してよりも不貞相手であったベッキーに対しての非難の声が大きかったような…。それやこれやを思い浮かべると、不貞行為の相手方へ慰謝料が請求できることなんて当然、と思えるかもしれません。
実際、不貞行為の相手方に対する慰謝料は判例で認められています(最判昭和54年3月30日民集33巻2号3030頁)。各地の地方裁判所では、破産や債務整理事案が一段落してきた現在、不貞行為の相手方に対する慰謝料請求事案の件数の割合が非常に多いともききます。離婚事案を担当することが多い私の事務所では、毎月定期的に判例検索ソフトで離婚関連事案を確認していますが、不貞相手に対する慰謝料事案が本当におびただしくある、と実感しています。
このように非常に多い事案ですが、批判もあります。不貞の慰謝料を認め続けることは、一見、婚姻や配偶者を保護するかのようです。しかし、実際には、「醜い争いの拡大に裁判所が手を貸す」ことにほかならないのではないか(伊藤昌司「今期の裁判例」判例タイムズ499号141頁)。実際、訴える側にも負担は大きいのです。①訴訟で、婚姻関係が破たんしていたかどうか、不貞行為はどんなふうに始まってどんなふうに行われていたのか、プライバシーが暴露される上、②離婚を望まない原告にとっては、かえって不貞のありようを知ることが、婚姻関係を修復する上でマイナスに働きかねない、③離婚を望む場合でも、プライバシーの暴露しあいで、かえって財産分与や子どものことを冷静に話し合えなくなる、などなど。
性は個人の人格に密接不可分に結びつく人格的なもの。誰と性的関係を持つかは自分自身で決めるもの。配偶者が自由な意思で第三者と性的関係を持った場合、第三者には不法行為責任は生じないとする見解が家族法や不法行為法の研究者には有力です。ドイツ、フランス、イギリス、オーストラリア、アメリカなどでは、不貞行為の相手方の不法行為責任を否定するだけではなく、夫婦間でも不貞した配偶者への慰謝料請求を否定したり、考慮しない扱いだそうです。離婚の破綻主義(どちらに責任があるかではなく、婚姻関係が客観的に破たんしているかどうかで離婚を認める考え方)が徹底し、離婚に伴う経済的損失は、離婚後扶養ないし補償給付で対応すべきという考え方等が広がったことが背景にあるとか(二宮周平・榊原富士子『離婚判例ガイド』第3版、有斐閣)。
ええ!?そんなばかな、と思われるかもしれません。しかし、実際、不貞行為の相手方をこらしめてやれ!と訴訟を提起してみたら、修復に努めようとしている夫ないし妻が過去に自分の悪口をどれだけ相手方に伝えてきたかの証拠が膨大に出てきて、返り血を浴び、鬱々するものです(最近はメールやLINEのやりとり等、直接的で赤裸々なものが多数残っていますから…)。それでいて、慰謝料の金額だって思ったほどではない。いくらかの慰謝料を得ても達成感はなく、疲弊し消耗しきっていることが少なくありません。
不貞行為の相手方に対する慰謝料請求を認める判例は変更されていませんが、不貞の以前に他の原因で破たんしていた場合には、不法行為責任を否定する等(最判平成8年3月26日民集50巻4号993頁)、制限する傾向があらわれています。下級審裁判例(神戸地判平成25年7月24日未公表)のように、端的に、不貞の相手方の不法行為責任を否定する学説に従って、元夫が元妻の不貞の相手方にした慰謝料請求を否定したものもあります。
◎配偶者には請求しないで不貞の相手方にだけ請求する場合
不貞行為の相手方に対する慰謝料を否定まではしなくても、相手方と配偶者の年齢差や、どちらが主導的だったか、婚姻関係が不貞行為により破たんしたかしていないか、既に不貞関係が解消されたか、配偶者の責任は免除したか、などによって、金額が抑えられる傾向にあります。
今回のケースの元になった東京地判平成4年12月10日(判タ870号232頁)は、「婚姻関係の平穏は第一次的には配偶者相互間の守操義務、協力義務によって維持されるべきものであり、不貞あるいは婚姻関係についての主たる責任は不貞を働いた配偶者にあるというべきであって、不貞の相手方において自己の優越的地位や不貞配偶者の弱点を利用するなど悪質な手段を用いて不貞配偶者の意思決定を拘束したような特別な事情が存在する場合を除き、不貞の相手方の責任は副次的というべきである」と一般論を述べた上で、本件では、配偶者は主任として被告の上司であったもので、被告が配偶者の自由な意思決定を拘束するような状況にはなかったこと、むしろ配偶者が不倫関係を始め継続することに主導的役割を果たしていたこと、原告が被った精神的苦痛に対しては、「第一次的には配偶者相互間においてその回復が図られるべきであり、この意味でまず配偶者がその責に任ずるべき」だとし、原告は夫に対する請求を宥恕しているものと認められること、既に配偶者と被告の関係は解消されたこと(それも退職と実家へ戻るという被告の主体的行動によって)、被告は予定していた東京での転職も断念して実家に戻ったが配偶者は従来の職場に引き続き勤務していること等各事情を丁寧に認定した上で、請求額500万円に対し50万円の限度で認めました。
さらに続けて、原告の被った精神的苦痛に対しては、配偶者も不法行為に基づく損害賠償債務を負うものであり、被告の義務と配偶者の義務とは重なる限度で不真正連帯債務の関係にあるとして、被告が賠償金を支払った場合には配偶者に対して負担割合(本件においては、配偶者の負担割合は少なくとも二分の一以上と認められる。)に応じて求償することのできる関係にある、とまで言及した。50万円払ってもらっても、その後25万円以上同じ家計の夫に求償されたら…。弁護士費用等おコストをかけた上…。
この判決にはさらに踏み込んでこんなことを言っています。もう夫と被告の関係は完全に解消している上、夫も反省し妻との関係を修復し維持していくことを強く希望している。原告たる妻においても、過去における被告と夫との関係に「徒らに拘泥することなく、今はむしろ、夫婦関係を速やかに修復して、ふたりの間の信頼関係の構築に務め、今後夫婦関係を平穏、円滑に発展させていくことが、強く望まれるところである。」
余計なお世話?しかし、慰謝料を裁判所が判断すること自体、プライバシーに踏み込むこと。相手方ばかりでなく、原告も請求することで気が晴れるどころかどっぷり滅入りかねないことを思うと、本当に請求したいのか、本当にしたいのかはそれなのか、とことん考えることをおすすめします。
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