
撮影:鈴木智哉
ケース1
離婚します。夫が「俺の氏を名乗り続けるな」というのですが、結婚してからこの氏でいたので、今更戻るのも不便で、困っています。
ケース2
離婚しましたが、子どもの氏を変えるのがかわいそうだと思い、また子どもの氏と一緒でいたいと思い、復氏しませんでした。子どもが結婚することになったのを機に、旧姓に戻りたいと思いますが、できるでしょうか。
ケース3
離婚しましたが、佐藤という旧姓に戻らず、山田という婚氏を続称しました。その後高橋さんと結婚し、高橋姓に改姓しました。高橋さんと離婚することになりました。高橋姓を続ける気はありません。佐藤に戻ることになるのか、山田に戻ることになるのか、あるいはどちらでも選べるのでしょうか。
日本では夫婦同氏が強制されています(民法750条、戸籍法74条参照)。明文で夫婦同氏を規定している国は、「我が国のほかは承知していない」と政府も認めています(糸数慶子参議院議員の質問主意書に対する政府の答弁書参照http://itokazukeiko.com/np-repo/qta/qta-189th/qta-189th_a-no-16.php )。私はこの民法750条が違憲であり、女性差別撤廃条約に違反すると主張した夫婦別姓訴訟弁護団http://www.asahi-net.or.jp/~dv3m-ymsk/ の事務局長を務めました。2015年12月16日の最高裁大法廷判決には無念というしかありません。おっと。その話はおさめて今回は離婚と氏の問題を取り上げます。
◎婚氏続称制度
婚姻によって氏を改めた配偶者(日本では96%が妻です)は離婚により婚姻前の氏に服します(民法767条・771条)。夫婦の戸籍から除籍され、婚姻前の戸籍に記載されます(戸籍法19条1項本文)。ですが、自分を筆頭者とする新戸籍を編製することもできます(同項ただし書)。私が出会ったケースのほぼ全てが新戸籍を編製していました。その場合、離婚届の「離婚前の氏に戻る者の本籍」のチェック欄の「新しい戸籍をつくる」にチェックします。戸籍の所在地は日本国内ならどこでも好きなところを選べます。
復氏した配偶者は、離婚の日から3ヶ月以内に、戸籍係に届け出れば、離婚の際に称していた氏(婚氏)を称することができます(民法767条2項、婚氏続称)。元配偶者の同意はいりませんから、ケース1のように夫が嫌がっても関係なく決めていいのです。「離婚の際に称していた氏を称する届」を出すだけ、とても簡単です。たいてい、離婚届と一緒に届け出る方が多いように思います。
改姓や続称が離婚という身分関係の変動にピタッと統一されず、どの姓でいたいか、自分の意思で選べることになっている。氏名はその個人の人格の象徴であり、人格権の一内容であること(最判昭和63年2月16日民集42巻2号27頁)が根底にある制度といえるのではないでしょうか。だったらなぜ婚姻のときに自分の意思で選べないのか…。おっと。ついまた選択的夫婦別姓が実現しない恨み節に戻りそうになります。
◎婚氏続称をした後に婚姻前の氏へ変更したいときは
ケース2のように、子どもの自立までは婚氏を続称したいけれども、自立したら旧姓に戻りたい、というお話もよくききます。
戸籍法107条1項は、「やむを得ない事由」によって氏を変更したい人は家庭裁判所の許可を得て届出することを認めています。
「やむを得ない事由」が認められるためには、「この氏に飽きた」といった主観的な理由では足りず、変更が認められなければ社会生活上困るような客観的な事情が必要です。
もっとも、婚氏続称の届出をした者が婚姻前の氏に変更する場合は若干基準が緩いようです。大阪高決昭和52年12月21日判例時報889号48頁は、その理由として、「婚姻によつて氏を変えた者が離婚によつて婚姻前の氏に復することは、離婚の事実を対外的に明確にし、新たな身分関係を社会一般に周知させることに役立つので、これが原則であり、婚氏の継続使用は右以外の必要によつて認められた例外というべきもの」であるとし、むしろ婚姻前の氏に変更することは「氏のもつ社会的機能から望ましいものと解される」から、と説明しています。
変更の条件として、①婚氏続称の届出後、その氏が社会的に定着しているといえないこと、②申立てが恣意的なものではないこと、③変更により社会的弊害が生ずるおそれもないこと、などがあげられています(東京高決昭和59年8月15日判時1127号107頁、東京高決平成2年4月4日家月42巻10号53頁等)。
子どもが結婚するまで…となるとかなり長期間が経過していて、①の要件がクリアできないように思えます。しかし、婚氏続称期間が15年(婚姻中を含めると合計27年間)に及ぶ事案で、離婚時小学生だった子どもが25歳になり、結婚相手も決まったのを機になされた申立ては、「多分に申立人の個人的感情に基づくものであり,それゆえに,かなり限界的な事例と考えられる」としながら、「生来の氏が本来的なものであり,離婚後,婚氏を称することは例外的なことに属するから,たとえ,婚氏が社会的に定着していると考えられる場合においても,婚氏を称することに耐えられなくなったときは,債権者の追及を逃れるなど不当な目的があるとか,何度も氏を変更することになるなど,社会的に弊害を生ぜしめる事情がない限り,戸籍法107条1項所定の「やむを得ない事由」に該当する」として、変更が認められました(仙台家裁石巻支部審判平成5年2月15日家月46巻6号69頁)。
「生来の氏が本来的なものであり」…このフレーズも選択的夫婦別姓を希求する私には涙なくして読めません。おっといけない。また話がそれそうになりました。
このように長期間になっても認められつつありますが、個別の事案の事情をどのようにくんで許可してもらえるのか、どきどきもします。離婚時によく考えることをお勧めします。
◎離婚・再婚が繰り返された場合
ケース3のような場合、離婚によって復する氏は、生来の氏(佐藤)か、1度目の結婚のときの氏で婚氏続称した氏(山田)か、はたまた自由に選べるのか、戸籍先例はまだ出ていないようです。戸籍実務では、婚氏続称を選択した場合その人の氏は続称した氏(山田)になるので、再婚の離婚後に復する氏はその氏(山田)しかないということで、生来の氏(佐藤)への復氏は認めないとしているとか。
それでは戸籍法107条1項によって生来の氏への変更を申し立てることができるのでしょうか。やはり婚氏続称した場合に生来の氏への変更を許可するかどうかと同様、①第1の婚氏が社会的に定着したとはいえず、②恣意的な申立てではなく、③社会的弊害のおそれもない場合には、「やむを得ない事由」があるとして、変更を認めています(札幌家審昭和61年6月4日家月38巻10号40頁)。
ちなみに、2番目の夫と離婚したのではなく、死別の場合はどうでしょうか。離婚にあたり婚氏続称をした妻が、夫の氏を称する再婚をしたところ、夫が亡くなってしまいました。その後、妻が生来の氏に変更を求めた事案でも、社会秩序を混乱させるものではなく、「やむを得ない事由」があるとして、生来の氏への変更が認められました(福岡高決昭和60年1月31日家月37巻8号45頁)。
ああ…。婚姻や離婚で氏を変更させようとするから、諸々めんどくさいことになる…。夫婦別姓が選択でき、婚姻改姓が強制されなければ、こんなめんどくさいことを負担しなくてはならない人はだいぶ少なくなるはず(やはり慨嘆せずにはいられない)。
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