タイトル:未来を花束にして(原題 Suffragette イギリス 1時間46分)
監督:サラ・ガヴロン
主演女優:モード・ワッツ(キャリ・マリガン)
エメリン・バンクハースト(メリル・ストリープ)
主演男優:アーサー・スティード警部(ブレンダン・グリーソン)
サニー・ワッツ(ベン・ウィショー)
コピーライト:© Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.
2017年1月27日(金)東京 TOHOシネマズシャンテほか、全国でロードショー
貧民層出のモードは、夫サニーと共に、換気の悪い、過酷な労働を強いられる洗濯工場で働いており、貧しいながらも小さな息子とのささやかな家庭を築いている。数分遅刻してもクビを警告され、男女賃金格差のある工場では、セクハラや性暴力が日常茶飯事である1912年のイギリス。
あるとき、モードは、洋品店のディスプレイを覗き込んでいると、目前でそのガラスが壊される。のちに投石をしたのが、女性参政権運動家(女性社会政治同盟―WSPUのメンバー)であることを知る。そして同僚のバイオレットを通して、自宅を秘密の集会場にしている活動家の薬剤師イーディスを知るようになる。それまでほとんど参政権に興味のなかったモードがしだいに運動に入っていくきっかけになったのは、敏腕で知られたスティード警部のカメラによる市民監視システムの映像に偶然写ってしまったことだった。
その上夫に殴られて傷だらけになったバイオレットに代わって、参政権に関する下院のヒアリングで証言することになる。しかたなく彼女は淡々と工場での仕事や生い立ちを語る。聞いていた議員たちは、一見共感的なのに、法律改正には至らなかった。しかし、この機会は、初めて自分が違う生き方を望んでいることをモードに気付かせる。女性は自己を変えていく、いけるのだ。開演冒頭流れた「女に何がわかる。感情的で理性的に物事を考えられない女に選挙権など不要だ」というメッセージに呼応するような、何のためのヒアリングなのか、と思わざるを得ない。民意を問うといっても、ヒアリングとは当該政治にとってのトークンでしかないのは、どこの国でも何時でも似たようなものであるのだろう。
モードの熱意は、WSPUのカリスマ、実在したエメリン・パンクハーストの演説「未来に生まれる少女たちが、兄や弟と同じ権利を持てる時代のために戦うのです」という言葉で、さらに育っていく。このエメリンを演じるのがメリル・ストリープ。出演を依頼されて、「いいわよ」と簡単に請け負う彼女の声が聞こえるようだ。彼女にはそういう社会意識があると信じられるから。ストリープは「すべての娘たちはこの歴史を知るべきであり、すべての息子たちはこの歴史を胸に刻むべきである」とのメッセージをパンフレットに寄せている。
法改正の希望のなさに、彼女たちの運動は人を傷つけてはならないという原則は守りながら、郵便ポストへの放火、電話線の切断、無人の別荘の爆破等過激になってゆき、当然逮捕、獄中でのハンスト、再逮捕がくり広げられる。スティード警部の、釈放するから、会の様子をスパイしろ、という要請を断固として断るモード。当然ながらモードの家庭は破たん、息子は養子にだされ、会うこともかなわなくなる。
そして競馬場で、国王への直訴を考えた運動は悲劇にむけて走りだしてしまうのだ。いや、こう言っては正しくないだろう。競馬場で犠牲になった運動家の葬儀に各国から手向けられた人々、花々、メッセージの数々。
映画の原題はSuffragette(サフラジェット)で、女性参政権はSuffrage、女性参政権推進者をSuffragistという。観賞後Suffragetteって?と思ったが女性参政権運動のなかでも過激な運動家を指す(当時の新聞による造語)、とわかってなるほどと思ったものである。アメリカも数年の遅れで運動が進められスーザン・アンソニーやエリザベス・スタントンは有名でもある。我が国でも戦前の市川房江さんを主とした運動は衆知のことだが、暴力的であったことは聞いていない。ただどの国でも誰でも、関係者はその都度逮捕投獄されるが釈放されるとまた運動に。イギリスのサフラジェット達は、法案が反対されるたびに既述のような暴力に及ぶ。刑務所では、ハンガーストライキ、暴力的に食べさせようとする刑官との戦い。すごい勇気である。
命を賭してまで、選挙権が必要なのか、などとどうかおっしゃらないでいただきたい。これは信念の問題なのである。そして世代後々までに引き継がれてきた信念の問題なのである。人々は信念のためにも生きる。
下の資料に示したが、現在ほとんどの国で女性の参政権は行使されている。社会制度的、法律的レベルにおいて、男女平等は整ったかのようにみえる。アメリカのヒラリー・クリントンが、大統領選に敗れてから数か月がたった。だが、選挙でクリントンの破りたかった「ガラスの天井」がまだ健在であることを彼女は述べ、いつか天井のない日が来ることを若い世代に期待したいと痛切に訴えた。それを心から信じたい。ガラスの天井のない未来の日々のはるか遠く前の、最初の、本当のスタートこそが女性参政権運動であった。女性としてこの運動の切実さを分かち合えないようでは、そこに命を懸けた女の歴史が泣くであろう。
あらゆる女性にとって必見の映画である。
参考資料
●著作 日本:伊藤康子(2012)『草の根の婦人参政権運動史』吉川弘文館
佐藤繭香(2017)『イギリス女性参政権運動とプロパガンダ(仮)』彩流社
アメリカ:Flexner, Eleanor (1959). Century of Struggle. Cambridge, MA(邦訳ナシ)。
●世界の女性参政権行使 1893年―ニュジーランド 1917年―ロシア 1918年―イギリス 1920年―アメリカ合衆国 1946年―日本 1949年―中国・インド 2015年―サウジアラビア等。