本書はフェミニスト人類学の視点から、信仰に生きる女性たちの日常を丹念に描き出した民族誌である。本書は、川橋範子、小松加代子両編者と若手の執筆者5名とで、2013年から15年にかけての3年間、毎年2回、計6回の研究会を続けてきた、その成果である。

宗教学および人類学を専門とする7人の執筆陣は、女性の宗教実践を描く際には、調査地の女性たちや調査者としての自己を取り巻く権力構造――調査者による記述という行為そのものが孕む権力性や、彼女たちをとりまく構造的な暴力や搾取の問題を、女性の主体性を描くことで結果的に隠蔽してしまう危険性など――を視野に入れた分析が必須である、という見解で一致している。

本書に収められる7本の論文は、扱う地域も宗教も異なるが、それぞれに響きあい、統一性と一貫性を保っている。しっかりした背骨が一本通った本といえる。特に、宗教とジェンダーをめぐる理論的展開や問題点を網羅したうえで鋭く批判・分析し、今後の研究の方向性を示した川橋による序章と1章は必読である。

目次
序 章 宗教研究とジェンダー研究の交差点
第1章 フェミニスト人類学がまなざす女性と宗教
第2章 ロマン化されたイメージに抗う――日本における霊山と女性行者
第3章 宗教言説を使う、開く――エジプトのムスリム女性とイスラーム
第4章 宗教と民族の境界を護る、超える――民主化後のミャンマーにおける宗教対立と女性
第5章 仏教儀礼を支える、変える――中国シーサンパンナのタイ族女性と上座仏教
第6章 信じること、あてにすること――インドにおける不妊女性の宗教実践の選択
第7章 日常の中の宗教性――日本におけるスピリチュアリティと女性
目次からもわかるように、本書の対象地域は日本、エジプト、ミャンマー、中国、インドであり、対象とする宗教は上座部仏教、山岳信仰、イスラーム、ヒンドゥー教、スピリチュアリティと、扱う地域も宗教も幅広い。残念ながらキリスト教の論文はないが、これだけ網羅的でありながら総花的ではなく、各論文が綿密な現地調査に基づくところに本書の特長がある。

各著者は、女性の信仰とそこにさまざまに作用するジェンダーを描き出すことや、フェミニスト・エスノグラフィーを書くことの「難しさ」に正面から取り組んだ。その試みが成功しているかどうかは読者の判断にゆだねるが、読者の方々に、調査地の女性たちが信じ、生きるその諸相と、それを描くフェミニスト人類学の魅力と難しさとが少しでも伝わったなら、筆者のひとりとしてとてもうれしい。(共著者 嶺崎寛子)