2016年11月19日、フォーラム労働・社会政策・ジェンダー企画、「いま、この時代に働くこと生きること~ディーセントワーク実現をめざして」の第二弾として「安倍政権の雇用差別と貧困化を問う」をテーマにシンポジウムを開催しました。シンポジストには、大橋さゆりさん(弁護士)、藤原千沙さん(法政大学大原社会問題研究所)のおふたりをお招きしました。

労働規制緩和と雇用差別の現在

大橋さんからは、「労働規制緩和と雇用差別の現在」というテーマで講演いただきました。

安倍首相は、「働き方改革」として、雇用の改革を進めています。例えば、「脱時間給」制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)があります。具体的な審議はまだですが、賃金を働く時間ではなく成果ではかるというものです。また、2016年7月の参議院選挙直前には、「同一労働同一賃金」の実現に向けて、労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法を改定する方針を固めました。参議院選挙後には、「我が国から非正規という言葉をなくす決意で臨む」とまで発言しています。

しかし、「同一労働同一賃金」政策がめざすものは、竹中平蔵氏が著作で論じている、次の働き口がすぐ見つかるような労働者で、労働法で守られるような労働者ではなく、会社と対等にわたりあえるプロフェッショナル労働者像です。ノンプロフェッショナルの労働者を安く使い、いらない労働者はすぐ切るということです。必要なときに必要なだけの労働力を調達したいのです。人材派遣会社は儲かるかもしれませんが、雇用は流動化します。「同一労働同一賃金」をいいながら、終身雇用・年功序列をなくし、福利厚生の企業負担もなくし、解雇の自由化をねらっています。「正社員」という概念をなくすことで、「非正規」をなくそうとしているのです。

このような雇用の不安定化によって、低賃金の労働者は長時間労働にならざるを得ません。時間ではなく成果で評価される働き方の労働者も、成果が出ていないとされると長時間労働を招くことが考えられます。これは過労死を生む長時間労働を規制するということと反対の方向ではないでしょうか。

また、労働者にとって、労働者間の平等というのはとても大事で、有期雇用労働者の「不合理な労働条件の禁止」(労働契約法20条)を求める裁判の、さまざまな現在の状況についてもご紹介いただきました。

では、雇用差別をなくす取り組みとして、私たちの方からどうしていくのかですが、「同じ仕事をしていてもらう賃金が違うのはおかしい」、多くの非正規労働者はそう感じています。新しい賃金体系を考えないといけないのではないか、労働組合だからできることがあるのではないか、と大橋さんは言われていました。具体的には、既にオランダで実行されているような「職務評価」を作り、会社に導入させていくということです。  

 貧困・格差問題からみた「働き方改革」

藤原さんからは、「貧困・格差問題からみた『働き方改革』」というテーマで講演いただきました。

日本における貧困はみえない形にされてきましたが、2009年民主党政権になり、貧困率の数値が明らかにされました。企業が成長すれば国民も豊かになるというトリクルダウンも、企業収益が増加しても賃金が上昇していないことが明らかになっています。それなのに安倍政権は「世界で一番企業が活躍しやすい国」をめざすと言っています。

安倍政権の「同一労働同一賃金」では、地域(職場)、労働時間、職種が限定された「限定正社員」を作ろうとしています。また、正規と非正規の雇用形態別賃金格差を問題にしていますが、男女賃金格差は問題とされていません。

貧困・格差の可視化はいいことですが、男性の非正規雇用が増えたから、貧困・格差が社会問題化し、労働問題として取り上げられるようになったのではないでしょうか。女性の非正規労働者は夫や家族に扶養されればいいと、これまで社会的対応が必要な「労働問題」にはなりませんでした。

藤原さんは非正規の根本問題として、①非正規雇用では食べていけないという問題(低賃金、賃金水準)②非正規雇用では生活の見通しが立たないという問題(有期・不安定雇用、雇用継続)③正社員と同じ仕事をしていても待遇が異なるという問題(不公平、同一労働同一賃金)の3点をあげられました。①②については、「生活できない」ということが問題となり、夫や親に養われていて生活ができていれば問題はないとされてきました。しかし、③の「同一労働同一賃金」を求める運動には、「生活できるかどうか」ではなく、くやしい、公平でない、正義にもとるというおもいがあるのです。労働運動、女性運動で重要だったのは「公平な賃金」という考え方でした。

留意点として、「同一労働同一賃金」は実現しても生活できるとは限りません。賃金の水準は担保しないので、貧困の解消を保障しません。「生活できるかどうか」を考える反貧困運動と、③の視点を持つ労働運動や女性運動との連携は重要ですがむずかしいところもあります。

安倍政権の「女性活躍」は、女性の労働力を「労働力政策」「経済成長の手段」と考え、女性の解放とは違います。人間は誰もすべてがその生涯において誰かがケアしなければ生命の維持が難しい状態=依存、を経験し、その者をケアする行為を女性たちは引き受けてきました。それは「選好」でも「選択」でもなく、誰かがやらなければならないことでした。しかし、「自ら進んで非正規を選んでいる」のか「不本意に非正規に就いているのか」というつくられた対立に置かれてきました。「女性活躍」は、意欲や能力に応じて、性別にとらわれずに働くようにいいますが、アンペードワークを無視するわけにはいかないのです。  

 講演をきいて

 会場からは、憲法24条や伝統的家族主義などについての質問などが出て、論議されました。  

  綿密な資料もあり雇用差別と貧困ということがよくわかりました。大橋さんは、“労働者がその職場のことをいちばんよく知っている。だから、労働者の現場の声をききながら、組合員の納得できる賃金体系を実現していくことに、労働組合の存在意義がある”と言われました。ユニオン活動をしている私には、労働組合への期待を感じました。藤原さんは、“新自由主義の女性活用は女性解放とは違う。若い女性のリアル、息苦しさを考えて欲しい”と言われました。若い女性に必要とされるユニオン運動、女性運動をつくっていきたいと思いました。おふたりからの問題提起がとても心に残っています。(M・E)