介護殺人:追いつめられた家族の告白

著者:毎日新聞大阪社会部取材班

新潮社( 2016-11-18 )


 今、「介護」という単語は私たちの社会・生活の一部といっても過言ではありません。では、そこに「殺人」という単語が付くとどうでしょうか?  「介護殺人」――いかにも恐ろしく、およそ身近には感じられないと思います。  
ところが、真面目に働き、平穏な生活を営み、家族・身内を大事に思って過ごしてきた「普通の人」が、介護によって追いつめられた先で介護殺人が起こっている現実を、本書は明らかにします。
 毎日新聞社会部のある取材チームが新規の企画を模索していました。 「介護殺人が各地で起きていますよね……実際の事件を追いかけて、在宅介護の問題を考える企画はできませんか」。  
若い記者のデスクへの提案から、本書の元になるシリーズ企画「介護家族」(2015年12月~2016年6月)が動き出します。 デスクを含む3人の取材班が終始こだわったのが「当事者への取材」でした。
 介護殺人の加害者は執行猶予付きの判決を言い渡されることが珍しくないそうです。 しかし、多くが事件の現場となった自宅に、判決後もそのまま住み続けているのか。 住み続けたとしても、肝心の取材に応じてくれるのか……。 取材班の心配はその通りになり、居所がわからない人がおり、わかった人には断られ、の連続でした。 それでも、誠意ある地道な努力と働きかけで、「加害者」と呼ばれた人の証言を得ていきます。
 事件当時のことや「その瞬間」のことはよく覚えていない――証言した人は同じように語ります。 そして調査でわかった、彼らが深刻な寝不足や重篤な精神的・身体的疲労に耐えていた状況も同じでした。 真面目で家族思い、責任感ゆえにすべてを抱え込んでしまう人柄も共通して浮かびます。  
そんな彼らを助けることができなかったのか、と時間がたっても後悔や苦悩し続けるケアマネジャー、医師らの話も、取材班は丁寧に聞き取っています。
 ショッキングなケースは、2006年、京都・伏見で起きた心中未遂事件に関してです。 3人家族の父親が病死後、認知症を発症した母親を長男が世話します。 当初は仕事を休職して凌ぎましたが、症状の進行とともに24時間の介護が必要になり長男は退職。  
しかし条件が満たされずに生活保護が受けられない状況が続き、生活苦からとうとう心中を決意します。 母親を殺め、自死を図るも助かった長男に裁判では、やはり執行猶予付きの判決が下りました。
 この長男の話が聞ければ、現在、介護に行き詰まりそうな不安を抱えている人、一線を越えてしまう恐怖を少しでも感じている人に、立ち止まって考えたり、状況を見渡したり、助けを求めるきっかけになるのではないか――。 取材班はそう考え、事件から約10年後の2015年、彼の行方を捜します。
 世間から身を隠すように暮らしていた彼の足跡がつかめた時、すでに亡き人になっていたことが判明します。 琵琶湖大橋から身を投げてしまっていました。 「一緒に焼いて欲しい」とメモのついた、自分と母親のへその緒が残された所持品から見つかりました。
 こうした哀しい出来事が繰り返されないために――。本来、家族や親族のための尊い営みであるはずの介護が誰かを追いつめないために――。 あるいは介護生活は誰にでもほとんど予告なしに訪れること、要介護者は一人でも介護する側はたった一人では到底、力が及ばないことを知っておくために――。
 そして介護社会が不幸な社会にならない「これから」のために、ぜひ、多くの人に手に取ってもらいたい一冊です。 (岡倉千奈美 )