同じ人物・出来事について複数の関係者が異なる角度から証言を重ね、真相を曖昧化しつつ、ひねりを加え、観客を物語の迷宮に彷徨いこませる話法は、映画史に名高い『市民ケーン』『ローラ殺人事件』『羅生門』『イヴのすべて』の進化形といえる。近く公開される話題の邦画『愚行録』は、そこに、語り手の属する大学や会社内の小集団でのポジショニングの取り方を、視線や身振り、表情を通して描きこみ、現代日本の見取り図を示しているのが興味深い。複雑に絡み合う物語の結節点から児童虐待、育児放棄、暴力の連鎖、格差社会の現実が垣間見える。
エリート・サラリーマンの夫と美しい専業主婦の妻、可愛い一人娘を襲った一家惨殺事件。迷宮入りした事件を追って、妻夫木聡演じる週刊記者・田中が、生前の夫妻を知る会社の元同僚や大学時代の元同期にインタビューを重ねるのが物語の縦軸。そこに育児放棄疑惑で逮捕された妹・光子の話が、横断的に絡む。エッシャーのだまし絵のように、交わるはずのない二つのストーリーは、やがて思いがけない地平へと観客を連れ出してゆくのだが――背後には「女女格差」のテーマが横たわる。しかし、どこか、男目線で作られているような――原作の持ち味からくるのだろうか?
たとえば、えくぼの似合うイノセント系美女・松本若菜演じる専業主婦・夏原友季恵という女性像。美しい笑顔と立ち居振る舞いが見事で、決して本音は口にせず、万事ソツなく振る舞い、容姿と育ちの良さで、名門大学の学内カーストを「昇格」。自分に憧れる女たちを思うがままに操り男たちの間を泳ぎ渡る――ある意味、格差社会日本のファム・ファタルだ。
一方、そんな夏原に複雑な感情を抱きながらも、学内カーストからは距離を置き、クールに自分の道を歩む帰国子女(これもイメージ先行)の宮村(臼田あさ美が好演)は、男友達との関係となるとなぜか我を忘れるタイプ。
他の女性たちも、ほとんど皆、若い頃から結婚願望に取りつかれ、男との関係に全力を傾けているかのように描かれている。
第73回ベネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出され、国際的にも注目を集めている。となれば、こうした現代日本女性像、かつて同映画祭で金熊賞(グランプリ)を受賞した黒澤明の『羅生門』で京マチ子が演じた女性像と比べられもしよう。はたして、西洋の観客の目にどう映るか?
エリートサラリーマン役の小出恵介、その同僚役の眞島秀和が、同じ女を巡りこぜりあう悪友ならではのホモソーシャル感を醸し出し、見せる。
監督は、東北大学物理学科を卒業後、ポーランド国立映画大学で演出を学んだ石川慶。本作が長編デビュー作だが、日本とポーランドの合作長編映画『BABY』はプチョン国際映画祭企画マーケットでグランプリにあたるプチョン賞を受賞している。新進気鋭の若手日本映画監督によるミステリー仕立ての群像心理劇だ。
(C)2017「愚行録」製作委員会
2017年2月18日(土)全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野
出演:妻夫木 聡、満島ひかり、小出恵介、臼田あさ美、市川由衣、松本若菜、中村倫也、眞島秀和、濱田マリ、平田 満
原作:『愚行録』貫井徳郎 脚本:向井康介 音楽:大間々 昴
監督:石川 慶
公式サイトはgukoroku.jp