誰もが知る「その後」の悲劇的展開やスキャンダルの仄めかしを排除した上で成り立つ物語――にもかかわらず、観客にそれを強く意識させる、冒頭の不安定な音楽。疾走する車の映像に、まずは惹きこまれる。
車内にいるのは、頭を撃ち抜かれたケネディ大統領と、傍らのジャッキーこと、ジャクリーン・ケネディ夫人だ。
チリの独裁政権を描く三部作で知られるパブロ・ラライン監督による初の英語作品となる本作は、映画が始まると早々に、1963年、テキサス州ダラスでのパレード中に起きた暗殺事件を再現する。そして、それによって、映画内では描かれないスキャンダラスな歴史的過去――弟ロバート・ケネディの5年後の暗殺、ギリシャ海運王とのジャッキーの再婚――を観客の脳裏にフラッシュバックのごとく蘇らせる。
スマートだが、不吉な気配を漂わせる抑えた色調は、ラテン・アメリカの監督ならでは、だろうか。
苦悩に直面しつつファーストレディの威厳を保ち、わずか就任2年10ケ月足らずで亡くなった夫の存在を歴史に刻み、伝説を作り出すべく、荘厳な葬儀を執り行うジャッキーの姿を、ナタリー・ポートマンが凄みのある演技でみせる。
ワシントンD.C.に向かう機内で、ジョンソン副大統領が急きょ新大統領に就任する場に立ち会う場面のジャッキー/ポートマンの目線がすごい。夫の権威が急速に過去のものとなりゆく現場に、彼女は居合わせているのだ。
そしてファーストレディとしての自身の権威も―
急速に失われゆく権威や権限を自覚しつつ、それに抗い、誇りを失うことなく毅然とふるまう――そんな役を演じて、今、ポートマンに並ぶ女優はいないのではないか。
ポートマン主演を条件に監督がオファーを引き受けたのもうなずける。製作はポートマンにアカデミー賞主演女優をもたらした『ブラック・スワン』の監督ダーレン・アルノフスキー。
ラスト近く、回想場面でケネディと踊る際に見せる妖艶なまなざしが、忘れられない。
最小限の登場で、しかもほとんど台詞を発しないために、本作では、ケネディ自体、もはや神話的人物として扱われているのがわかる。
脚本を担当したNBCニュース重役で脚本家のノア・オッペンハイムは、この時代を「国民全員がホワイトハウスの中にいる人物を心から尊敬し、まだ政治に威厳があった時代」と述べる。
ホワイトハウスが輝いていた時代の、悲劇的であるがゆえに美しいまま保たれた伝説の作りだされる瞬間に、立ちあうことを可能にする映画だ。
奇しくも、本作のマスコミ内覧が始まったのは、オバマ政権時代に駐日大使となったジャッキーの長女・キャロラインさんがトランプ大統領の就任を前に日本を去った後のことだった。
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』
3月31日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開
配給:キノフィルムズ
© 2016 Jackie Productions Limited
出演:ナタリー・ポートマン ピーター・サースガード グレタ・ガーウィグ ビリー・クラダップ ジョン・ハート
■監督:パブロ・ラライン ■脚本:ノア・オッペンハイム ■製作:ダーレン・アロノフスキ― ほか
【原題:JACKIE/2016年/アメリカ・チリ・フランス/ヨーロピアンビスタ(1.66:1)/5.1ch/英語】
公式サイト:jackie-movie.jp