
本書は、作家の森まゆみさんによる、大正末から昭和の戦前・戦中期にかけて生きた戦時抵抗者たちの評伝集です。タイトルの「暗い時代の人々」はハンナ・アレントの有名な作品『Men in Dark Times(暗い時代の人々)』から取られていますが、アレントの著作もまた、ファシズム下のドイツで「精神の自由」を掲げて闘った人たちの生の軌跡を描いたものでした。
この本は、斎藤隆夫、山川菊栄、山本宣治、竹久夢二、九津見房子、斎藤雷太郎、立野正一、古在由重、西村伊作の9人を取り上げています。竹久夢二を除けば、どれも地味な人ばかりで、「聞いたことのない名前だな」と思う方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。
しかし、ファシズムの嵐が吹き荒れる中で、粘り強い抵抗の精神を発揮したのは、一見派手で華々しい人々というよりも、けっして多勢に流されずに孤独を貫いた、こうした人々だったと思います。
森さんは1984年から地域雑誌「谷根千」の編集を続けてこられ、地域の「市井の人々」の「ちいさな声」を聞き書きで丁寧に拾いとってこられました。本書の人選は、そんな森さんなればこその着眼点で選ばれています。
たとえば、本書で取り上げられた斎藤雷太郎と立野正一は、戦時下の京都で「土曜日」という文化新聞の発行や販売に関わった人ですが、それぞれの職業は俳優と喫茶店のご主人で、プロの文筆家や編集者ではありません。文化新聞「土曜日」は、森さんの「谷根千」のように、地域の人々のちいさな声を「投稿記事」という形で、誌面に掲載し、戦時下においても、市民たちのちいさな憩いの場を作り上げていました。
また、本書で取り上げられた山川菊栄は、平塚らいてうの華々しさとは対局にあるような女性運動家ですが、終始保たれている彼女の冷静さとバランス感覚の中に、時局下においても失われることのなかった彼女の強固な信念を感じる取ることができます。戦争中の苦境を、夫の山川均と共に、農作業と鶉の飼育で乗り切った山川菊栄はまた、すぐれた民衆史の著作もたくさん残しています。
こうした人々の、時局に流されずに、孤独に耐え抜く力は、ひとつひとつは小さなものでも、ずっと後になって、私たちのもとへ届くのだと思います。まるで星の光が遅れて地上に届くように。
自由が奪われたあの戦争の時代に、暗い夜空にまたたく星々のように、ちいさな希望の光を灯し続けた人たち。その生き方と精神の在り方を、いまの読者に伝えることができれば、との想いで本書をお送りいたします。
本書が、いまの日本のような「暗い時代」の中で、ちいさくまたたく星の光のような存在になることを願ってやみません。
(担当編集・小原央明)
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