
著者のブレイディみかこさんは、英国およびEUの市井の人々の動向や視点を敏感に捉えることのできるコラムニストとして、ウェブ上のニュース記事や昨年上梓した『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)などで注目を集めました。地元英国・ブライトンでは移民の一人であり、保育士であり、一児の母でもあります。
本書の舞台は英国の「平均収入、失業率、疾病率が全国最悪の水準1パーセントに該当する地区」にある無料の託児所。著者自身がそこに延べ5年にわたって継続的に関わりながら、子どもたち・親たちの生活をめぐる闘いをつぶさに見つめます。「底辺託児所」とあだ名されたこの託児所は、生活保護を受給していて有料の保育園を利用できない親子や、移民の親子、地区内で「問題がある」とされた家庭の子どもの支援のために慈善センターの一画で営まれていたものでした。
英国が労働党政権下にあった2008-2010年のスケッチでは、託児所のスタッフの中に障害者もホームレスの人もいて、利用者のほうもじつにさまざまな事情を抱えた人々が通っていました。そんな託児所の日々は、カオティックで、英国社会のアナキーな底力を体現していました。(ちょっと『じゃりんこチエ』を思い起こさせる情景かもしれません。)それこそが困窮する家庭を瀬戸際で支えていたコミュニティの力であることも、本書は示唆しています。子どもたちや親たちの日常の中に現れる、一見ささいなようでいて重要な瞬間を、著者は低い目線で鋭く捉えています。
2015-2016年のスケッチでは、英国・欧州における移民問題やナショナリズムの台頭の背景にある社会状況を浮彫にしています。近年の緊縮政策などの影響で、真に貧しい家庭はこの託児所に通う交通費を払うのも難しくなっていたり、利用者の中に移民の親子が増え、文化的な摩擦が生じていました。それを敏感に感じ取る子どもたちの姿が痛々しく、それでも日々眩しく成長する子どもたちの姿に、心を揺さぶられます。
英国のみならず先進諸国で同期的に進んでいる「上と下」「自己と他者」の分断を、現場の文体を通じて、肌感覚で伝えてくれる稀有な本です。ぜひご一読を。
(編集担当:市原加奈子)
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