アイスランドは、北海道より少し大きい国土に人口約33万人が暮らす、北大西洋に浮かぶ小さな島国である。氷河と火山の影響で独特な地形を描く豊かな自然にかこまれ、「氷と火の国」ともよばれる。夏は太陽が沈まない白夜となり、冬にはオーロラが空を舞う、神秘的な風景が広がる国だ。

映画『ハートストーン』は、そんな雄大な自然あふれるアイスランドの東にある、小さな漁村を舞台に描かれる。村の全員が互いの私生活を把握できてしまうような、きゅうくつなコミュニティ。そこで生まれ育ったソールとクリスティアンは、幼なじみでいつも行動を共にしている。その二人に訪れた思春期が、二人の友情に微妙な影を落としていく……。

映画では、二人の少年が成年への過渡期に向きあう、それぞれの生と性をめぐる葛藤と、互いへの深い友情が、圧倒的な存在感のある美しい自然の中で情感豊かに表現されていく。なかでも、クリスティアンがソールに対して抱く恋愛感情と、その行き場のなさ、結果として生じてしまうさまざまな出来事が丁寧に描かれ、物語を大きく動かしていくために、第73回ベネチア国際映画祭クィア獅子賞(最優秀LGBT映画)を受賞するなど、LGBT映画としても高く評価されている。

自分の体が大人へと勝手に変化し始め、それとほぼ同時に多くの人が、自分が他者を性的に欲望する人間であることを自覚し始める思春期。わたしにも、今さら思い出したくない、たくさんの痛く、苦い記憶がある。その痛み――心身の変化に対する戸惑いや誰にも言えない苦しさ、未来のどこにも出口がないように感じる閉塞感や自己否定――がどこから来ていたのかを、この映画『ハートストーン』は強烈に思い出させてくれた。

大人へと向かう子どもたちの生きづらさには、たとえば同性を好きになったり父親のいない家庭だったりと、集団の中で少し異なっているだけでスティグマを背負わされる社会や、性役割を強固に維持しようとする抑圧的な社会にも一因がある。

映画の中には、母親や姉たち、ソールが夢中になる少女ベータなど女性たちも多数登場するが、それぞれしたたかに(あるいは諦めて)生き抜いているかのように見えて、決して自由に生きられていない。いつの間にか自分の子ども時代と、映画の中の子どもや女性たちの置かれた状況のいくつかが重なって見え、わたしは古傷が痛む感覚で、彼らがときに残酷に他者を傷つけ、ナイーブになって傷つき、葛藤するのを観ていた。

しかし、この映画は悲劇のままでは終わらない。クリスティアンの自分への恋愛感情を受け取ることができなかったソールが、最後に選択をしたクリスティアンとの和解のシーンからは、閉鎖的な大人社会からもがきながら抜け出そうとする意志と、大人たちとは違う未来を実現できるかもしれないと思える希望が感じられる。物語の冒頭とラストに映し出される、ある〈ブサイクな生き物〉が象徴的に暗示する物語のゆくえは、決して明るくはないけれど真っ暗な絶望でもない。

「自分を自由にしてくれる大切な何かが、次には自分を縛り苦しめるものになる」と、グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督は作品解説の中で語られている。その両面性が多様な二者の間で立ち現れるのが、この作品に深みを増していると感じる。監督にとって初長編作品とのことで、次の作品もとても楽しみだ。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)

公開日:2017年7月15日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMA名演小劇場にて公開中。ほか全国の劇場で順次公開。

監督・脚本:グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン
出演:バルドル・エイナルソン、ブラーイル・ヒンリクソン、ディルヤゥ・ワルスドッティル、カトラ・ニャルスドッティル、ニーナ・ドッグ・フィリップスドッティル
後援:アイスランド大使館
配給・宣伝:マジックアワー

2016/アイスランド、デンマーク/HD/アイスランド語/カラー/129分/シネマスコープ/5.1ch
原題:Hjartasteinn/英題:Heartstone/日本語字幕:岩辺いずみ
(c)SF_Studios_Production_&_Join_Motion_Pictures_Photo_Roxana Reiss
公式サイト:www.magichour.co.jp/heartstone/