グリム童話と表象文化

著者:大野寿子

勉誠出版( 2017年06月30日 )


本書は長年グリム童話研究に取り組んできた野口芳子の武庫川女子大学退官記念論集として編まれた本である。研究雑誌として出版されるのが通常だが、市販の本として出版されたのは、多彩なメンバーによる寄稿論文のレベルの高さと面白さにある。
  グリム童話研究第一人者であるハインツ・レレケの謝辞と小論文(カエルの王様について)、入手しにくい図版を数多く入れたグリム博物館元館長ラウアーの論文(語り手について)、ジェンダーの視点からのアメリカ人研究者ボティックハイマーの論文(アラビアンナイトの信憑性を問い、ゲーテとグリムのメルヒェン観を批判)、日独文化交流史上未解決の謎を解明した野口論文(幕末にヤーコプ・グリムをベルリンの自宅に訪問した日本人が誰なのかを解明)には新しい知見が詰まっている。
 白雪姫は近親相姦の話であると説く浜本論文(血縁関係を重視する昔の王家では近親婚が実際に行われたという文化人類学的考察)、フェミニズム童話「アリーテ姫の冒険」のジェンダーを検証した谷口論文(因習的童話「シンデレラ」との比較)、19世紀末イギリス小説に登場する「新しい女」についての玉井論文(「家庭の天使」の殻を破り自由に生きる女は放縦な女か、解放された女か)、父親の代わりに男装して従軍した娘「花木蘭」は故郷に錦を飾る。男性のみに可能だった出世は、女性には男装することによってのみ可能だったと説く中山論文(花木蘭はディズニー映画「ムーラン」で有名)。  
 ドイツ現代伝説における父親像と母親像を分析した金城ハウプトマン論文(仕事も育児も家事もする「新しい父親」のドジなところを揶揄する話と、息子の長髪を寝ている間に切る「権威主義的な父親」の話が続出。現代女性が担う3K(子ども、キッチン、キャリア)の役割をこなす母親は「反権威的教育をする母親」ではあるが、仕事より「母親業」に重点を置く従来型母親でもある)などジェンダーの視点からの論文が興味深い。  
 挿絵、ジェンダーの視点、固定観念を覆す発想が詰まったお勧めの一冊である。(著者)