
私たちの多くは、日本の「戦後」は1945年の敗戦と同時に始まったと思っていますが、事実はそうではありません。1952年の講和条約発効まで日本は連合国軍の占領統治下にあり、「休戦期」という名の戦争状態が続いていたのです。
でも、そのことを知らない若い世代が多いのはもちろん、その時代を知っている人たちの間でも、占領期の経験が詳しく語られることはまれでした。この本の帯に「国は忘却に躍起となり、人々は故意に忘れたいと願った」とあるように、それは長い間、思い出したくない負の記憶だったからです。
では、占領下に生きるとは実際にどんな体験だったのか。本書は、敗戦時に8歳で、占領下の京都で少女期をすごした著者が、自身の記憶と80人を超える人々への聞き取り、そして膨大な量の行政文書をはじめとする文献の分析をもとにして、京都という固有の空間の中で当時の人々が経験した占領の実態を、精密に、かついきいきと再現してみせたものです。
たとえば著者は、京都のどの建物や住宅が占領軍(当時の呼び名では、進駐軍)によって接収され、どの場所で占領軍がらみの交通事故などが多発したかを地図の上に細かく落とし込んでいくことによって、現在の京都の見慣れた町並みの上に占領期の京都のありようを二重写しに浮かび上がらせます。著者と同じく京都在住の私は、日頃よく通っている「京都シネマ」の入るCOCON KARASUMAのしゃれたビルに、かつては占領軍の司令部が置かれ、屋上に星条旗がひるがえっていたことを知り、衝撃を受けました。このビルのあるメインストリート、烏丸通は、まさに占領行政の中枢ラインだったのです。
こうした「目に見える」占領とともに、著者は敗戦後の飢えと闇市、浮浪児、「パンパン」と呼ばれた闇の女たちなどをめぐる「目に見えにくい」占領と、1950年に朝鮮戦争が始まって以降の変化についても、貴重な資料や聞き取りを駆使して、具体的で丁寧な再現を試みています。
この本の直接の対象は敗戦後の京都の7年間ですが、著者の視線の延長上には、沖縄や朝鮮半島、イラク、アフガニスタン等々における戦争とその後の占領について、そして最近は第二の戦前と言われることもある日本の現在の状況についての静かな問いかけがあります。
西川さんにはこれまでも、『高群逸枝--森の家の巫女』や『借家と持ち家の文学史』『近代国家と家族モデル』をはじめ、多くのすぐれた著作がありますが、10年にわたる粘り強い調査と研究の結実である本書は、今後まちがいなく彼女の代表作となることでしょう。京都という都市が好きな方はもちろん、それほど興味のなかった方にも、「ぜひ読んでみて!」とお勧めしたい本です。
(平凡社、2017年8月、3800円)
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