
●スクリーンにあふれる秋
川口(K): まずこの映画は、スチールからもわかりますが、ファッションも街の雰囲気も、秋に見るのにぴったりの映画です。
俵(T): そうですね。まさにイタリアの秋!という感じで素敵です。イタリア映画ってなんとなくアート寄りなイメージがありますが、この作品は難解さは全然なく、エンターテイメントとして面白いですよね。順風満帆じゃない、悩み多き人生の話ではあるんだけど……
K: その中で等身大の希望が描かれていますね。映画の中で俵さんの好きなシーンは?

T: ヴァレリオ少年が街を自転車で走り回るシーンかな。街が主役の一つだと思ったので。
K: ポー川のほとりとか、街の感じが伝わりますよね、自転車のおかげで。
T: 自転車が似合うこじんまりした都市ですよね。川口さんはどのシーンが好きですか?
K: 私は、あの心優しいビストロ・オーナーが、自転車に乗ってみせて少年を笑わせる場面
T: ああ、あの渋くて優しいおじさまですね。あのキャラクターは私も好きです。

K: 彼が経営するビストロ内に集まって、テレビでサッカー観戦しながら応援してるおじいさんたちも、いい感じでした。少年が窓から中を見てたら、オーナーがウインクして、入ってこいよ、って招くとこなんかも、見てるだけで好きになります。さりげなく思いやるけど、押し付けがましくはない、程よい距離感——大人だなあって憧れます。
T: 彼がすごくいい人で、あそこの周辺がすごく小さな家族的コミュニティになってる。ちょっと、あのご近所に住んでみたい気持ちになりました。ローマという大都市にある家と父親から、アンナとヴァレリオの母子が逃げてきた先の小さな町に、こういう癒やされる空間があって……。日本でいうと、どの辺りの街のイメージなのかなあ。
K: さあ……日本には、なかなかなさそうな感じですよね。

●イタリアの古都、トリノの光
T: トリノは、「トリノの聖骸布」という、キリスト教社会では超有名な聖遺物がある所なんですよね。かなり歴史ある街です。
K: それは知らなかった、イタリア映画だから、やっぱりキリスト教的な精神、どこかに流れてるのかなあ。
T: それは絶対あると思います。どうしても入ってくるというか。
K: でも前面には押し出してない、教条的でもないし。
T: そうなんですが、私には、根底に「赦し」みたいなテーマが感じられました。
K: ただやはり、神ではなく、人を描いてますよね。
T: もちろんそうですね。たぶん、イタリア人にとってのカトリックは、日本人にとっての仏教みたいなものじゃないかと思っていて、たとえ教会やお寺には行かなくても、社会の根底に流れているものとしてあるような気がします。ただ、監督がトリノを選んだのはたぶん宗教的な意図じゃなくて、トリノという街の光がいいんだと仰っていましたね。

●ヒューマニティを描くイタリア映画
T: 一方で、トリノの街は移民も多そうで、あのビストロ・オーナーもフランス人で外国人でしたし、移民問題的なものも描かれていましたね。
K: 移民問題はある意味、最近のヨーロッパ映画なら触れざるを得ない常態なんじゃないかしら。東欧からの移民女性に対するヴァレリオのほのかな恋心も描かれてましたね。
T: あの少年の気持ちには、年齢も性別も人種も全くかけ離れた私でも、すごく感情移入できました(笑)。そういう人間同士の関係というか、心のつながりの機微が非常にうまく表現されていますよね。
K: 私は、アメリカ映画が〈夢〉を、ドイツ映画が〈観念〉を、フランス映画が〈愛〉を描いているとしたら、イタリア映画はやはり〈人生〉を描くのがお家芸かな、と思うんです。
T: なるほど、確かに!
K: Humanityというか。
T: この映画も、DVという重くて暗いテーマから始まりますが、女性の問題をストレートに押し出して描いている感じではない。全体を通して、人間愛というか、人間性への信頼が感じられますよね。
K: そこが安心できますね。最後のシーンにも、すごく希望が感じられました。
T: ええ、ラストシーン、良かったですね。

●人生の現状に疲れたときに
K: この映画は、長い夏や不安定な天候、政局等々、いろんな目の前の状況に疲れた人たちにぜひ見てもらいたいな。
T: とにかく、気持ちよく見られる作品ですよね。
K: 女同士で見るといいかも。友情もいい感じで深まるかもしれないし、それぞれの人生に対する思いやりが生まれるかもしれません。
T: 生き方の違う二人の女性のどちらかに感情移入できそうですね。こういう、干渉しすぎないんだけど、お互いすごく信頼し合ってる友情って、羨ましいです。もちろん、ヴァレリオ役のアンドレア・ピットリー二君の美少年ぶりにも注目です!
K: 数年後が楽しみな役者さんですね! それから、自分でも行きつけのビストロが欲しくなります(笑)

T: すてきなオーナー付きのビストロが!(笑) この映画を見てると、イタリアはやっぱりすごく成熟した社会だと思いますね。ルネサンス時代には、西欧で最も文化が進んでいた国だし。
N: 女が困ってたら、助け船を出す男がいるのも、紳士の伝統が息づいているんでしょうね! アンナが、困って通りで取り乱してたら、立ち止まって心配そうにしてくれる人たちがいるのが、うらやましかった!
T: そうですね〜。女性に親切にするのが当たり前の社会っていいなあ。
K: 文化というのか、人間性というのか、人間味がない社会って魅力ない。
T: 日本も昔は人間味があったかもしれないけど、現代の東京は人間味薄いですね。逆に、ベタベタしない人間関係が都会のメリットでもあるわけだから、どっちを選ぶかかな……
K: ベタベタはいやだけど、人が困ったり悲しんだりしてるのに知らん顔ってのは、もっといやですね。

●日常の中にある可能性と希望
K: この映画は、自転車、公園、小さなアパート、庶民的なビストロ、といった日常風景がたくさん描かれていて、「普通の」人生が好きになりますね。
T: 日常的な風景なんだけど、心の中の憧れを誘うような絶妙なイメージ。
K: いろいろ問題もあるんだけど、日常がいとおしくなる、というか。
T: そこのバランス感覚はさすがですね。
K: 監督さんの人柄もあるかもしれませんね。インタビューでも、お茶目で可愛い人でしたよね。
T: それなりに苦労人なんだけど、根が明るい。
K: 突然、昔の写真見せてくれたり。50代なのに、少年みたいで。あんな人が日本にもいるかしら?

T: イタリア人は、日本人ほど年齢にとらわれなそうなイメージがありますね。イタリア映画祭で来日していたイタリア人監督のおじさまたちもみんな、すごくおしゃれでファッショナブルで、お互い仲良さそうで楽しそうでした。日本人の中年男性もあんなふうになってほしいです(笑)
K: 初対面でも、一緒にいる私たちを、喜ばせよう、楽しませようって気持ちが伝わってきましたよね。
T: 人を助けてあげたいとか、喜ばせようとする気持ちって大事ですよね。
K: そう。そういう、当たり前だけど忘れがちな、大切なことに気づかせてくれる映画であり、監督さんでした。
T: はい。今回の映画では、イタリアの街と人に癒やされましょう、ということで。
K: ですね。公開、楽しみです。(この映画が上映される岩波ホールがある、東京の)神保町もいい街ですしね。

10月28日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー
監督:イヴァーノ・デ・マッテオ 「幸せのバランス」「われらの子供たち」
出演:マルゲリータ・ブイ「はじまりは5つ星ホテルから」「母よ、」、
ヴァレリア・ゴリーノ「レインマン」「人間の値打ち」、
アンドレア・ピットリーノ、ブリュノ・トデスキーニ
2016年/イタリア=フランス/107分/5.1ch/シネスコ
原題:LA VITA POSSIBILE/英題:A POSSIBLE LIFE
配給:クレストインターナショナル
公式サイト:www.crest-inter.co.jp/hajimarinomachi/
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