養子縁組の社会学―<日本人>にとって<血縁>とはなにか

著者:野辺陽子

新曜社( 2018-02-20 )


 近年、血縁によらない親子関係が「新しい家族のかたち」として注目を浴びています。それは、血縁親子の閉鎖性や排他性が意識されるようになってきたからです。例えば、血縁親子では、親(主に母親)が育児を抱え込まされることで、育児ストレスや児童虐待が起こると指摘され、また、血縁親子が親子の標準形とされることで、非血縁親子が「ふつうではない」と逸脱視されることなどが批判されてきました。

 血縁親子を親子の標準形とすることの限界が意識されるにつれ、最近では、「血縁を超える」というキーワードで、「生みの親が子どもを育てる」以外のさまざまな親子、例えば、養子縁組、里親養育、子連れ再婚家族(ステップファミリー)、第三者が関わる不妊治療(精子提供、卵子提供、代理出産)による親子など(親は異性カップルの場合もあれば同性カップルの場合もあります)が、閉鎖的な血縁親子のオルタナティブ――「新しい親子のかたち」――だと期待を込めてメディアなどで取り上げられています。

 しかし、私たちは非血縁親子のことを本当に知っているのでしょうか。
 一方で、最近では、親子と血縁をめぐる新しい動きもみられます。非血縁親子では、「子どものため」に、子どもと血縁が新たな形で急速に接続され始めています。例えば、養子縁組や第三者の関わる生殖補助医療では、出自を知ることによって子どもの「アイデンティティ」が安定するという「子どもの出自を知る権利」が自明のものとなりつつあります。また、離婚・再婚家庭では、子どもを別居親と交流させることは「子どもの権利」だと主張され、生みの親と離されて暮らす里子は、実家庭への復帰(家族再統合)が優先順位の高い目標として設定されています。

 なぜ、非血縁親子では、子どもと血縁が(再)接続されるのでしょうか。それは誰が主張しているものであり、誰にとってのメリットなのでしょうか。そして、本当に「子どものため」になっているのでしょうか。

 本書では、血縁に対する批判と、新しい形での血縁への接続が同時にみられる社会状況をふまえ、「今、非血縁親子に何が起こっているのか」「非血縁親子の当事者にとって、血縁とは何か」という問いを立てて、これに挑みます。

 非血縁親子の事例として、最近、頻繁にメディアで報道されている養子縁組を取り上げます。ただし、本書が扱うのは、子どもの養育を目的として、未成年児とおこなう〈子どものため養子縁組〉です。そのため、節税目的の孫養子や、家を継承するための婿養子など、成人間の養子縁組については扱いません。

 本書が、〈子どものため養子縁組〉を事例として取り上げる理由は、血縁に対する批判と新しい形での血縁への接続は、この〈子どものための養子縁組〉で顕著に起こっているからです。〈子どものための養子縁組〉は、不妊治療の代替選択肢として、同時に、予期せぬ妊娠をした女性への対応策としても活用されており、このタイプの養子縁組で子どもの出自を知る権利が論点となっています。

 また、〈子どものための養子縁組〉での子どもをめぐる議論は、生殖補助医療で生まれた子どもなどの先行事例として参照されており、一定の影響力をもっています。しかし、それにもかかわらず、〈子どものための養子縁組〉の当事者に対する調査・研究は、臨床的な研究以外はほとんどなく、メディアでも、当事者について一面的で固定的なストーリーしか伝えていないのが現状です。政策や世論をミスリードしないためにも、当事者のリアリティの多様性や当事者をとりまく社会的文脈を明らかにする必要があるでしょう。

 本書では、〈子どものための養子縁組〉について、制度と当事者という2つの水準を分析します。制度は、特別養子制度、里親制度、生殖補助医療について分析し、当事者については、(潜在的養親候補者である)不妊当事者、養親、養子の合計51名のインタヴューデータを分析しています。

 本書の学問的な意義は、家族社会学への貢献です。親子と血縁の関連は、(家族)社会学でも、社会変動を把握するうえでのひとつの重要なテーマになっていますが、現代の事例を分析・考察するための理論と方法、それにもとづく経験的研究が不足しています。本書の議論が、家族社会学の議論を一歩前に進めることを目指しました。

 しかし、著者としては、何よりも、51人の当事者の語りを多くの方に読んでいただき、血縁に対する批判と、新しい形での血縁への接続が同時にみられる現代で、「血縁と親子」という古くて新しい問題を改めて考える機会になればと祈っています。