そろそろ左派は〈経済〉を語ろう――レフト3.0の政治経済学

著者:ブレイディ みかこ

亜紀書房( 2018-04-25 )


 ♯Me Too運動が盛り上がる英国で、それに比べるとずっと地味ではあるが、♯Free Periodsという運動もある、ということを少し前に雑誌に書いた。18歳の女の子が率いるこの運動は、英国政府に女子学生への生理用品の無料配布を求める活動を行っており、その理由は貧困家庭の10歳以上の少女たちが生理用品を買えないために生理になると学校を休むことが問題になっているからだ。こうした状況からピリオド・ポヴァティ(生理貧困)という言葉も生まれている、という英国の話を紹介した。

 しばらしくて、それを読んだという日本の女性からメールをいただいた。
 「外国の話とは思えませんでした。私は2人の子どもを持つシングルマザーですが、生理用品を買うために昼食を抜くことがあり、同じ立場の友人も似たようなことを言っています。立ちっぱなしの仕事なので食事をしないときついし、生理になるたびお金がかかかるので、いっそ早く上がらないかなと思います」と書いてあった。

 生理になると学校に行けない少女たちがいる、というようなことは、これまで発展途上国の問題だと思われてきた。インドやアフリカでこの問題に取り組んできた欧米のチャリティー団体は複数ある。いま話題の英国王室のヘンリー王子の新妻、メーガン・マークルもこうしたチャリティーに取り組んできた一人で、インドの少女たちと生理の問題を現地で取材し、エッセイをタイム誌に発表したこともある。だが、まったく同じ問題が、リッチな先進国であるはずの英国で起きている。そしてやはり日本にも、生理用品が買えないために早く閉経したいと思うシングルマザーがいるというのだ。
 女性が女性であることで差別されたり、ハラスメントを受けたりせず、女性であることを謳歌して生きて行けるように運動することはとても大切な仕事だ。しかし他方では、お金がないために、女性特有の生理現象すら乗り越えるのが困難な人々がいるのも事実である。

 もうアイデンティティ・ポリティクスだけでは不十分なのだ、クラス・ポリティクス(階級政治)の軸がせり上がってきている、といまさかんに言われているのはこうした現実が転がっているからだ。そしてトマ・ピケティに指摘されるまでもなく、地べたで生きる人間はこのハードな現実をずっと前から肌身で知っていた。

 では、どうしてその現実をどうにかしようとする政治家が登場しないのですか。という問いに答えるために、英国では労働党党首に選ばれたジェレミー・コービンという人が出て来た。スペインにもポデモスというパブロ・イグレシアス率いる政党がある。フランスにもジャン=リュック・メランションという政治家がいるし、欧州全体では、ギリシャの元財務相で経済学者のヤニス・バルファキスが、テクノクラート独裁に陥ったEUの在り方と加盟国に緊縮を強いるポリシーに反旗を翻すDiEMという組織を作って闘っている。米国のバーニー・サンダースも若者たちに熱狂的に支持されて旋風を巻き起こした。
 ジリ貧と言われて久しかった左派が、ここ数年、にわかに活気づいているのである。

 こうした政治家たちに共通するのは「反緊縮の経済政策」だ。
 でも、その「反緊縮の経済政策」って具体的に何? そもそも緊縮財政ってのが何なのかよくわからないんだけど。という方に、ぜひ本書を読んでいただきたい。反緊縮とは何なのか、それをどう日本で政策に反映できるのか、なぜ日本にも反緊縮の経済政策が必要なのか、経済学者の松尾匡先生と社会学者の北田暁大先生が(わたしでもわかるぐらい)平易な言葉で辛抱づよく説明してくださっている。
 これを読んでアイデンティティ政治にうるさい人々が階級政治にもうるさくなったら、そして社会文化的な多様性を重んずる人々が経済政策に対する思い込みからも自由になったら、それこそ鬼に金棒、ならぬ、左翼にマルクス、いや、左派に〈経済〉だ(なぜ山かっこ付きなのかは本書P312参照)。
 
 ジリ貧である必要はどこにもないのだ。
  ともに成長の道を歩んで行きましょう。
 (ブレイディみかこ)