*版 元 インパクト出版会
*刊行年 2018年4月刊
*定 価 2400円+税)

「パンパンと呼ばれた女性たち」を追い続けて
本書の著者茶園敏美さんはいうまでもなく戦後生まれで、日本がアメリカに「占領」されていた時代を直接知っているわけではない。その彼女が前著『パンパンとは誰なのか』に続いて2冊目の本書を刊行し、敗戦直後の時代を生きた「パンパンと呼ばれた」女性群像が「スティグマ(烙印)化され、侮蔑的なまなざしを向けられたまま今日に至っている」ことに、渾身の力を込めて異議申し立てを行っている。そこに、まずわたしは打たれた。
そう思う理由をひとつだけ言いたい。わたしは1952年に講和条約が発効した時、高校生だった。講和後も米軍は撤退せず軍事基地はそのままである。「独立」とは名ばかりだと怒ったわたしたちは高校の文化祭に東京の基地問題をとりあげることにして米軍立川基地を探検に行った。有刺鉄線の向こうに銃を構えたMPがいて、「写真を撮ったら殺す(in the death)」と英語で書いてある標識をこっそり撮影してきたことを覚えている。
夕方になって立川駅まで帰る時、案内してくれた地元高校の男子生徒が「これから先は気をつけて」という。よくみると薄暗くなった軒先に間をおいて何人もの女性が立っていた。地味な服装だったが、説明されなくても意味は分かった。誓っていうがその時の彼女たちを侮蔑的に見た記憶はない。「アメリカが悪い」と思った。けれども「自分とは違う世界」の女性たちという思いで足早やに通り過ぎたことが、この本を読むときよみがえってきた。わたしは茶園さんが告発した「現場」にいたのだ、と。
だからこの本を、わたし自身への問いとして読んでしまったのである。本来なら、ぼう大な資料とヒヤリングをもとに緻密な方法論を駆使して書かれた学術書として評価すべきだと思うが、あえて別のかたちを取ったことを許してほしい。
「コンタクト・ゾーン」から解き明かす女たちの語り
前作『パンパンとは誰なのか』には、「キャッチという占領期の性暴力とGIとの親密性」という副題があり、占領下の日本で占領軍兵士と日本人女性の間の性暴力、「キャッチ」という名の強制的検挙と検診、その偏見と迫害のなかで米兵と積極的な関係を結ぶおんなたちの姿を追いながら、今もその体験が語られていない現実こそ「暴力は目下継続中」だと著者は指摘している。
今回の『もう一つの占領』は、その視点を発展させ、今となっては当事者の多くが生存していない(語ることができない)現在、限られた証言者はもとより、当時の様々な公的機関による「聞き取り調査」(そこには少なからずこれらの女性に対する蔑視や差別意識というバイアスがある)を、新しい分析方法で読みなおそうとしていることが特徴的である。副題に出てくる「コンタクト・ゾーン」という概念がその一つになっている。それは、戦勝者の兵士=男と敗者の女という「圧倒的な権力の非対称」のもとで、「分断・対立ではなく、相互作用・理解と実践といった関係が成立する」空間だという。著者はそこでパンパンと呼ばれた女性たちを、「占領という圧倒的な暴力に晒されながらも、自らのエイジェンシー(制約された条件のもとで行使される能動性、と定義)を発揮する」女性として再措定しようと試みる。そこにはレイプもキャッチもあるが恋愛もあり、結婚もある。著者はそれを、占領下の米兵からレイプされても、警察からキャッチされても、世間から「ふしだら」と非難されても、家族からさえ「恥」といわれて絶縁されても、なおその地点から生き抜いて米兵と交渉し、生活費を出させ、物資を手に入れていく女性たちの「生存戦略」と名づけている。その被害女性の声を聴きとることができるか、と本書は問うのである。こう書くといかにも「すれっからし」で「欲得づく」の女たちを想像する向きがあるかもしれないが、それこそ彼女たちのスティグマ化に他ならない。もちろんここには「たくましく生き抜く」女性ばかりではなく、文字どおり占領下の性暴力のもとで絶望し、生きる力を失ったであろう女性たちも含まれていることを指摘したいと思うが。
これは「私たち」への問いだ
このような意味で、本書は「スティグマ化された女性の視点」から描きなおした戦後史であり、「もうひとつの占領史」である。しかもその視点は、これまで多くの「進歩的」男性にも女性にも共有されてこなかった、だから彼女たちは沈黙せざるをえなかったのだ、と著者はいう。評者のわたしに言わせると、それは個々人の問題ではなく、かつて「家」制度のもとで、男は金で性を買うことも(したがって「慰安婦」をレイプすることも)公認される一方で、娘には「処女」を、妻には「貞操」を要求する「性支配国家」の枠組みがそうさせたのであり、そして戦後の今も麻生財務相の暴言が示すように、セクハラ問題がかくも無視される現状(ILOがセクハラ対策を求める国際条約を提起したのに日本は保留)につながっていると思う。
わたしが66年前に出会った女性たちに思いを馳せ、本書の感想として「#Mee Too」または「#With You」と書いた所以である。
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茶園敏美(ちゃぞの・としみ)
京都大学大学院文学研究科アジア親密圏/公共圏教育センター所属。
ジェンダー論。大阪大学博士(文学)。
『パンパンとは誰なのか――キャッチという占領期の性暴力とGIとの親密性』(インパクト出版会、2014)ほか。
米田佐代子(よねだ・さよこ)
女性史研究者・NPO法人平塚らいてうの会会長。
『女たちが戦争に向き合うとき』(ケイアイメディア 2006)、『満月の夜の森で―まだ知らないらいてうに出会う旅』(戸倉書院 2012)ほか。
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