ブラジルのリオ・デ・ジャネイロにある劇場、ヒバル・シアターで、2004年に創立70周年を記念するショー「ディヴァイン・ディーバ・スペクタクル」が開かれた。「ディヴァイン・ディーバ」――1960年代の軍事独裁政権下だったブラジルにおいて一世を風靡した、女性装のパフォーマーたち――は、トランスジェンダーであり、いわばドラァグクイーン・カルチャーの黎明期を支えてきた第一世代にあたる。その8人の<レジェンド>がふたたび一堂に会して行われたショーは、大きな話題を呼んだ。その後、2014年には、彼女らのデビュー50周年を祝うイベントが行われた。――本作は、ヒバル・シアターの創設者の孫娘であり、女優として長年活躍してきたレアンドラ・レアルが、ディーバたちの人生の軌跡を色鮮やかなコラージュのように描いた、監督デビュー作となるドキュメンタリー映画である。

レアル監督は、魅力的な、個性あふれる8人が2014年のプレミア公演に向かう様子を、彼女たちの赤裸々な語りとプライベートな姿をまじえながら映していく。ショーの世界から遠ざかって久しいディーバたちにとって、再びスポットライトの下に立ち、歌や踊りを披露するのはラクではない。しかし、晴れの舞台を控えた彼女たちは、長時間にわたる練習にグチをこぼすことはあっても前向きで明るく、とても楽しげだ。舞台裏での、ド派手なメイクやゴージャスな衣装を身にまとう姿にも目を奪われる。もちろん、本番のステージも素晴らしい(楽曲も最高!)。迫力とユーモアがあり、見せ場をつくる演出も効いていて、さすが第一線でキャリアを積んできた人たちだと思わされる。そんな彼女たちを見ているのは、楽しくて飽きることがない。

すでに70歳を超えて、人生の終わりを意識しつつあるディーバたち(実際に、撮影の翌年にはディーバの一人、マルケザが生涯を閉じ、2017年にもまた一人、ホジェリアが亡くなった。前掲の写真は、舞台前のメイクをしているのがホジェリア、ステージ上の後姿がマルケザである)は、それぞれに自らの人生を振り返り、カメラに向かって率直に語る。幼少期の自分や、女装を始めたきっかけなどの性別を越境する経験について。あるいは家族・恋人・パートナーたちとの、幸せに満ちた、ときに心の痛む波乱万丈な人生について。さらには1960年代ブラジルの、軍事独裁政権下の厳しい時代について。「ドラァグクイーン」とひとくくりにされる彼女たち、一人ひとりの人生が放つ輝きも強烈だ。

映画には過去の貴重な映像や写真も盛り込まれ、時代を行きつ戻りつしながらそれぞれの人生の軌跡を追いかけていると、彼女たちがその昔、舞台の上でしか手にし得なかった表現の自由と、異性装のパフォーマーとして存在することで示し続けてきた、抑圧的な社会への静かな抵抗が胸に迫ってくる。観客たちが惜しみない拍手を送るのは、ショーのエンターテイメント性もさることながら、彼女たちが舞台に立つことで表現し続けてきた、個人の尊厳や自由を奪おうとする社会に抗う意志に対して、ではないだろうか。

レアル監督は幼少期に、ヒバル・シアターの舞台の袖から、ディーバたちが踊り、歌うのを見て育ったのだそうだ。その、舞台裏で眺めてきた彼女たちへの純粋な好奇心や憧れ、そして敬意が、みごとな結晶となった作品だ。映画が終わるのは、まるで彼女たちの舞台と人生を見送るようで寂しくさえある。しかし現実を見わたせば、彼女たちが表現してきた、自分らしく生きればいいのだというメッセージ、あるいは彼女たちが灯してきた<抑圧への抵抗>という灯は、今も世界中の暗闇のあちこちに光っている。見終わって、そのことに気づかせてくれる作品でもある。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)


2018年9月1日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿ほか全国順次ロードショー

© UPSIDE DISTRIBUTION, IMP. BLUEMIND, 2017
監督・脚本:レアンドラ・レアル
出演:ブリジッチ・ディ・ブジオス、マルケザ、ジャネ・ディ・カストロ、カミレK、フジカ・ディ・ハリディ、ホジェリア、ディヴィーナ・ヴァレリア、エロイナ・ドス・レオパルド
2016 年/ブラジル/ポルトガル語/110 分/カラー/ビスタ/ステレオ/原題:Divinas Divas 
字幕:比嘉世津子 字幕監修:ブルボンヌ
提供:青幻舎/ミモザフィルムズ 配給:ミモザフィルムズ
宣伝協力:テレザ/ポイントセット