
2017年秋に出版され、全米でたちまち100万部を超えるベストセラーとなった、ヒラリー・クリントンによる回顧録。アメリカ史上初めて、女性として大政党の大統領候補となったヒラリーが、立候補を決意するまでの経緯や、その後に起きた数々のショッキングな出来事(同時に素晴らしい出来事ももちろんあり、それも書いている)を、これまでの著書とは違う率直な調子で語る。
全体を通じて印象に残るのは、ヒラリーが「女性」大統領候補であったこと、だからこそ成し遂げたかったこと、そして女性候補だからこそ受けた攻撃や憎しみ、について強く意識しながら書かれていることだ。
第Ⅲ章の「姉妹であること」は、「1.政界で女性であること」「2.母であること、妻であること、娘であること、姉妹であること」「3.悲嘆を行動に変えて」の3つの節からなるが、その章や続く第Ⅳ章では、自分がどのように育ち、女性性といかに向き合うことになったか、尊敬すべき女性との出会い、弁護士となり子どもたちのために働いたこと、そして傷つき辛い状況にある女性たちと連帯しいかに社会を変えようとしてきたかが語られる。
自分が女性として感じてきた辛さや、落ち込んだり傷つけられたりした経験も包み隠さず語る。これまでこうした話、「女性」候補者としての話題を、あまりヒラリーは語ってこなかったという。その理由を、「わたしは自分のことを語るのが得意ではないし、『女性候補者』として制約を受けるのもいやだった。むしろ、男性優位の文化に揉まれてたくましくなった、有能な候補者だと見てほしかった。だがこの話をするのを控えた最大の理由は、アメリカの有権者に好意的に受け入れられるとは思えなかったからだった。この国が、『わたしの物語は女権解放運動に捧げられてきた』と言う候補者が、野次られるのではなく喝采を浴びるような場所であってほしいと願う。だが今はまだ、そうではない」と語る。性差別と女性嫌いが色濃く残るアメリカで、女性としての経験を語り、女性候補としての側面を強調することを控えたというのだ。
しかし本書を読み進めると、彼女が女性大統領として実現したいと思い、また各地に赴いて聞いたたくさんの人々の話から、実現を約束していた政策の貴重さが伝わってくる。そして同時に、それらの政策が今やトランプ政権下では顧みられずに、切り捨てられていること、むしろそうした人々を追い込むような政策が進んでいることを思うと、読んでいてうなだれてしまう。ぜひヒラリーが大統領として活躍する姿を見てみたかったと思う読者は少なくないはずだ。
500ページ以上ある大著だが、読み始めると、強くて弱く、優しくて時に厳しく、真面目でいつでも懸命(賢明でもある)だけれど少しドジで、ユーモア好きの、母、姉、友人、娘、の打ち明け話を聞いているような気分になってくる。そしてアメリカには、ヒラリーの母校ウェルズリー大学に限らず、ヒラリーに励まされ、彼女に続いて我こそはとガラスの天井を打ち砕こうとしている女性がたくさん居るのだということも伝わってくる。あのひどい選挙後に、公職に立候補したいと考える女性が、減るのではなく、逆に増えたということも希望ではないだろうか。そしてそうした状況からもヒラリーが、立ち上がってふたたび歩き始めるための力を得ていることがわかる。
回顧録としてもちろん、トランプとの応酬や選挙戦へのロシアの介入、私用メール問題の真相やFBI長官の不可解な言動などについても、ヒラリーの本音や批判が赤裸々に吐露される。日本から眺めていては見えない大統領選の裏側や小ネタも満載で、勉強にもなる。ぜひ、気楽に読み始めてみてほしい。
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