現在進行中の入管法改正案の国会審議では、内容が何も明らかでないのに、外国人労働者を入れることだけ決めるのは拙速すぎる、中身がスカスカで、料理も決まっていないのにメニューを選ばせるようなものだなど、メディアも野党も反対しています。

 わたしも今のままの法律が通るのには大反対です。受け入れ人数が決まっていない、職種が決まっていない、現行の技能実習制度との兼ね合いもわからない、7000人も失踪者が出ている技能実習生制度の検証が先だなど、反対の理由はたくさんあります。どれもこれも尤もなことばかりで本当に拙速だと思いますが、ここでは、日本語教育についての危惧からの反対論を述べてみます。

 1990年代に、日系人の就労を受け入れる法律が通り、技能実習生制度ができて以来、日本語のわからない外国人労働者の来日が多くなりました。それ以前は、来日する外国人は留学生やビジネスマンが中心で、日本語ができる、あるいは、できるようになって修学し仕事に従事するというのが前提でした。しかし、外国人労働者の場合はそれと違って、ほとんど日本語ができないまま来日し、職場に入ってその環境に必要な最低限の日本語ができればいいという人が多くなりました。

 バブル経済のころはそれでもなんとかなりましたが、リーマンショックで多くの外国人労働者が失職してから、日本語の問題が深刻になってきました。日本の社会に放り出されて、日本語が不十分なために再就職もできないという現実が待っていました。子どもの教育もあります。子どもは学校で何とか日本語は習得しますが、親が学校とのコミュニケーションができないのです。外国人の多く住む自治体は、多言語政策をとらざるを得なくて、泥縄で通訳できる人を採用し、学校に日本語のクラスを作り、日本語の先生を呼んでくる……と、対応に追われています。こうした努力も自治体任せです。その支援や対策の格差も、自治体によって大きく開いています、そのため、支援に積極的な、比較的外国人の住みやすい自治体に外国人が集まるという傾向も出てきています。

 ここで言っておきたいのは、90年代に外国人労働者を多く受け入れ始めたときから今に至るまで、日本政府は全く日本語教育に力を入れてこなかったということです。国として労働力を求めて受け入れておきながら、その人たちが日本で生活する基盤となる日本語の教育を全く考えてこなかったのです。日本に来れば、日本語ぐらい何とか覚えるさ、とでも思っていたのでしょうか。

 国が何もしてこなかったために、外国人との共生の必要に迫られて、自治体は付け焼刃でボランティアを養成し、そのボランティアが細々と日本語支援をしてきました。ボランティアにもピンからキリまであります。あの先生にぜひと後輩を紹介されるような人から、習う人のことはそっちのけで、自分の生き甲斐のために日本語を教えるという人もいます。政府は各地のボランティアが熱心にやってくれているので、これまたそれにお任せと言う安易さです。

 こうしたお寒い日本語教育のまま、今回も政府は何の対策も具体的に示していません。その上で新しい法律案では、来日する労働者の就労条件として、「ある程度の日本語ができる」人と言っています。ある程度の日本語とはどの程度のことですか、日本で買い物したり病院に言ったりする程度ですか、平仮名が読める程度ですか、テレビのニュースがわかる程度ですか、新聞が読める程度ですか。ほんとに何も示していないのです。

 11月29日の毎日新聞の夕刊は伝えています。
「首相は外国人労働者向けの日本語教室の開設支援や「生活・就労ハンドブック」の作製・配布などを通じ、居住先となる自治体をサポートしていく考えも明らかにした。」

 とんでもない話です。国がしなければいけないことを何もせず、自治体に押し付けておいて、「サポートする」もないものです。日本語教室開設と言っていますが、そこで外国人が日本語をどのくらい習得できるかわかりますか。自治体の日本語教室といえば、各地でボランティアが教えている教室はたくさんありますが、たいてい週に1回か2回、各2時間程度です。それも年間を通して続いて習えるわけではなく、春と秋と各10週間のコースとか、1コース20回の会話コースとか、そういった実質時間の少ないものばかりです。

 ちなみに、一般の日本語学校の初級コースの時間は、以下のようです。こちらはお金もしっかり取りますが、月曜から金曜まで5日間で1日各4時間は教えます。そして、3か月みっちり勉強すれば、日常の会話はだいたいできるようになります。日本語教育はそんなになまっちょろいものではないのです。日本政府の最高責任者に、そんなに安直に、「日本語教室の開設を支援するから」「日本語教育もちゃんと考えている」などと言ってほしくないのです。

 3年前に、ドイツから来た留学生Aさんから聞いた話です。彼女の家族は、Aさんが9歳の時、両親と兄と4人でロシアからドイツに移民しました。飛行場から向かったのはドイツ政府が準備した宿泊施設で、その日からドイツ語の勉強が始まったのだそうです。数か月習ってから学校に行ったと言います。父親もドイツ語を習ってから技術者として就職したそうです。

 このドイツの移民受け入れ政策と、「日本語教室開設支援」の違いの大きいこと!!中身がほとんどない日本語教室をあたかもそこへ行けば日本語はマスターできるとばかりに偉そうに言う欺瞞のひどさ!!

 本当に今この法律が通ったら、また欺瞞がまかり通ることになります。なんとか野党に頑張ってもらいたいです。国会の外から叫びたい思いです。