
暴力を振るう夫から子どもと共に実家へ逃れ、離婚の申請をした妻ミリアム(レア・ドリュッケール)は、11歳の息子ジュリアン(トーマス・ジオリア)の親権をめぐって、夫アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)と争っていた。裁判では、ジュリアン自らが書いた「僕も姉さんもあいつが嫌いです。週末の面会を強制しないでください」という陳述書が読みあげられたのだが、ミリアムとアントワーヌの、各々の主張を勘案して下された判決は「夫の隔週の面会権を認める」というものだった。
ミリアムは、夫とできるかぎり接触をしないよう、連絡先も知らせず、新しい住居へ引っ越しをする。しかしアントワーヌはそれを察し、彼女の連絡先や居場所をジュリアンから聞きだそうと躍起になった。二人の間に立つことになってしまったジュリアンは母親を守ろうと必死に抵抗しウソをつくが、アントワーヌはジュリアンを脅し、ミリアムの新居を突き止めてしまう――。

本作の邦題は『ジュリアン』だが、英語のタイトルは『Custody(親権)』、そして原題は『Jusqu'à la Garde』という。仏語の原題は戦争用語で、「最後の最後まで戦い抜く」とか「刺したナイフの刃を付け根まで深く差し込む」という意味なのだそうだ。この3つのタイトルが示唆するように(そして、このタイトルの違いも興味深いのですが)、劇中では両親のあいだに置かれ苦境に立たされる子どもの葛藤と恐怖、「親権」という保護者の権力の暴力性、そしてドメスティック・バイオレンス(DV)の加害者の振る舞いや暴走へのプロセスが、それぞれ丁寧に描写されている。
物語は、張りつめた緊張の糸が終始ゆるむことなく、登場人物たちの眼差しによってその強度を変えてすすむ。映像を取りまく音も非常に繊細で、自動車の方向指示器やエレベーターの昇降の音など、生活音を効果的に使っていて印象に残る。それらの演出によって、暴力的な場面は抑えてあるのにもかかわらず、暴力の存在が強く、すぐ近くに感じられる。

脚本・監督を担当したグザヴィエ・ルグラン監督にとって、本作は初めての長編映画である。初作品ながら第74回ヴェネチア国際映画祭監督賞を受賞したほか、すでに世界35か国で上映され、大きな話題を呼んでいる。一方、彼は2012年に、監督として初めて手がけた短編映画『すべてを失う前に』で、本作の物語以前の家族を同一の人物・設定で描いている。『すべてを失う前に』では、ミリアムがアントワーヌのもとから逃げるまでを描いているが、そのとき、すでに物語の続編ともいえる『ジュリアン』の構想もあったのだそうだ。
彼は、ふたたびDVをテーマに選んだ理由をこう語っている。「フランスでは2日半に1人の割合で、ドメスティック・バイオレンスの犠牲となった女性が亡くなっている。被害者は名乗り出ることを恐れ、家族や隣人たちもカップルの関係に口を挟むことを躊躇する。タブーが根深く残るこの問題に対して人々の意識を呼び覚ましたかった」と(注1)。
ミリアムとジュリアンを見つめる<ある眼差し>で終わるラストシーンを見れば、ルグラン監督が、本作で告発したかった「DV」という社会問題のどこに着目していたのか想像できる。加害者の暴走に理由を与えてしまっているのは、同じ社会に暮らすわたしたちの眼差しの在りようなのだ。

この映画の「親権」をめぐっては上野千鶴子さんが、そして「離婚・DV問題と子ども」については高橋知子さん(夫婦問題専門カウンセリング「高橋知子」横浜相談室 代表カウンセラー)が本作のパンフレットにそれぞれ寄稿されているので、ぜひ、そちらの充実したエッセイもお読みいただきたい。
劇中には、18歳に達していたため面会権を持ちだされずに済んだジュリアンの姉ジョゼフィーヌ(マティルド・オネヴ)の物語も示される。不安定な家庭に愛想を尽かし、自分の誕生日のパーティーを機に「あること」を実行する彼女の選択を、批判的に受けとる人もいるのかもしれない。しかしわたしは、およそどのような手段を使っても構わないから、子どもにはどうぞ親の暴力から生き延びてと思う(性教育やジェンダー教育の必要性は、ここでは触れずにおく)。
最後に。もしもこの物語を夫アントワーヌに同情的に見てしまったり、妻ミリアムの挙動に納得がいかないという方がいたら、ぜひこの機会に、山口のり子さんの『愛を言い訳にする人たち-DV加害男性700人の告白』(2016年、梨の木舎)や、ランディ・バンクロフトさんの『DV・虐待加害者の実態を知る』(2008年、明石書店)を読んでみてください。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
注1)本作品パンフレット「Introduction」より引用。


2019年1月25日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、名演小劇場ほかにて公開
監督・脚本:グザヴィエ・ルグラン 製作:アレクサンドル・ガヴラス 撮影:ナタリー・デュラン
出演:レア・ドリュッケール ドゥニ・メノーシェ トーマス・ジオリア マティルド・オネヴ
2017年/フランス/93分/原題:Jusqu’a la garde/カラー/ 5.1ch/16:9ビスタ
日本語字幕:小野真由子 配給:アンプラグド 後援:在日 フランス大使館 / アンスティチュ・フランセ日本
© 2016 - KG Productions – France 3 Cinéma
https://julien-movie.com/
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