
一筆申し上げます。平成最後の新春、皆様つつがなくお過ごしのことと存じます。小著『「古今和歌集」の創造力』(NHKブックス 1254)をご紹介いたしたく、筆を執りました。
『古今和歌集』(以下『古今集』)は、かつて日本語によってなされた表現の中で最も良質なものの一つであり、現代の私たちにとっても十分に刺激的な、創造性に富んだ文学です。
『古今集』には、理想的な四季の時間があり、出会いから別離、諦念にいたるまでの恋の顛末があります。そして、人が胸の内に抱くさまざまな感情、たとえば誕生の喜び、長寿のめでたさ、老いの嘆き、死別の悲しみ、旅のさなかの哀感、日常生活における心の揺らぎ……が捉えられています。情趣を解する人は何をどのように感じ、それはどのように表現されるのか――『古今集』とは、「こころ」と「ことば」の〈型〉を創造した歌集なのです。
個別の歌を見てみましょう。
桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける(春下・紀貫之)
【訳】桜の花が散ってしまった風の名残には、水のない空に白い余波が立っている。
散ってしまった「桜」を「波」にたとえる、「見立て」と呼ばれるレトリックを用いた歌ですが、「見立て」にかぎらず、『古今集』の歌には「枕詞・序詞・掛詞・縁語」などのレトリックが駆使されています。それらは余分な装飾ではなく、歌の発想・表現の本質に根ざしたものでした。そして『古今集』の「ことば」は明晰で理知的です。こうした歌の成り立ちを解きほぐしてみることは、私たちにも知的な感興を与えてくれるはずです。
『古今集』の中には、百人あまりの歌人が登場します。代表的な人物を一人あげるとすれば、優れた歌人であると同時に創意工夫に富んだ編集者でもあった紀貫之ですが、伊勢や小野小町といった女性歌人も活躍しています。彼女たちは、のちの紫式部や清少納言の先駆けとなる存在でした。たとえば伊勢は次のような歌を詠んでいます。
冬枯れの野辺と我が身を思ひせば燃えても春を待たましものを(恋五・伊勢)
【訳】あの人が離れていった私の身を、「冬枯れの野辺」だと思うことができたら、思いの火を燃やして、もう一度めぐってくる春を待つのだけれど。
恋に破れた伊勢は、早春の野焼きの光景を目にして、愛を失った我が身を「寂しい冬枯れの野辺」でさえない、荒涼とした救いのないものとして歌いました。けれども彼女は、やがて新しい恋を見つけ、娘を育み、男性歌人と並んで秀歌を詠んで、十世紀前半の貴族社会を賢くしなやかに生き抜いていったことが知られています。本書の中では、貫之や伊勢、そして在原業平たちの二百首あまりの歌を、現代語訳をそえて、読み解いていきます。
めまぐるしく変化する時代に生きているからこそ、『古今集』を通して、今を生きる私たち自身の感性と、それを言語化する知性のあり方を、見つめ直してみませんか?
表紙の装画は『ちはやふる』の末次由紀さんによる王朝の姫君ですので、可愛い女の子の顔を持つこともできました。著者にとっては娘のように感じられる本です。お手にとっていただけましたら、本当に嬉しく存じます。
皆様、東奔西走お忙しい日々と存じます。くれぐれもご自愛の上、お過ごしくださいませ。
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