
©パンドラ+BEARSVILLE
「これまで知らなかった美津さんに、出会えた」…観終わって出たのは、この言葉だった。
1970年10月21日は、記念すべきリブの誕生日。そしてこの映画のヒロイン、田中美津さんは「リブの旗手」と言われている。「ありのままの女」として自分を肯定することを目指したリブ。美津さんは1970年に「便所からの解放」という文章を発表してウーマンリブ運動の先駆者となり、今日まで力強く牽引してきた。
その美津さんの生い立ちから今日までを丹念に追ったドキュメンタリーが、この映画である。新聞社の取材、沖縄ツアー、対話集会での美津さん。街頭、親友宅の語らい、久高島、そして満開の桜の下。それぞれの場所での美津さんは、チャーミングで真剣、いつも一生懸命だ。
監督は吉峯美和さん。リブを知らない世代の彼女が、「田中美津は、私だ」と言う。NHKのドキュメンタリー番組で美津さんを取材し、<活動家><怖い>のイメージと真逆だった美津さんに惹かれ、惚れ込み、[田中美津の痛み]に共鳴して、とうとう自主製作で美津さんの映画まで作ってしまった。
美津さんが5歳の時に引き受けなければならなかった当事者性(児童性虐待)…。それは、どう考えても5歳の幼児には重すぎるものだった。でもその日から、その重さに喘ぐうちに、「なぜ私の頭だけに石が落ちてきたのか…」から始まって、美津さんの中でものの見方が、考え方が変わっていったのだ。「当事者」の持つ重さは、自分を変えていくとんでもないエネルギーを生む。「いてもたってもいられない」その想いは、美津さんを変え、周りの女たちを惹きつけ、動かしていったのだ。でも、その想いだけで周りの女たちを動かしたのではない。上野千鶴子さんの言う「カリスマ性」、美津さんが持つ突出した言葉の才能…それが女たちの心に響いて、轟いたのだ。そう、「言葉で人は動かされていく」から。その美津さんの言葉は、生身の美津さんの生きざまが紡いだ言葉だから。
美津さんは「自分のやっていることぐらい、生身の自分のことばでしゃべれなくちゃね。本のことばで整理した「私」からパワーなんて出るかよ、と私は云いたい。」と言う。確かに、その通りかも知れない。でも、「女」として生まれたがために抱えなければならなかった「モヤモヤ」を、私たちは「生身の自分のことばでしゃべれ」なかったからこそ、「モヤモヤ」のままだったのだ。「生身の自分のことばでしゃべる」ことは、誰にとっても簡単なことではない。それを美津さんは次から次へと卓抜な言葉にして、その言葉を私たちにしっかりと送り届け、これまでの世界を転覆してくれた。これまで見えていなかった「差別」を、初めて日のもとに曝してくれた。だから、私たちのモヤモヤは少しずつ腑に落ちるものに変えることができた。
もう一つの当事者性は「虚弱な身体」。体あっての存在、それが骨身にしみていたから「いのち」に対する人間の無力さを知っていた。だから、体を含めた自分のぐるりから世界へとつなげていったし、「いま生きているということがすべて」で私たちはつながれた。
女らしさを生きることは自分を生きることにならない、と気づいた美津さんは自分から出発して葛藤も矛盾も「すべて私」。だから、混沌。そんな自分のすべてを抱えて、それをエネルギーに変えてここまで来た。

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美津さんの4年間を追ったこのドキュメンタリーは、美津さんをたおやかな身近なものに感じさせてくれた。本に書かれた、それでも硬い言葉ではなく、美津さんの体からふわっとあふれ出る肉声がこちらに届くからだ。人生は自分次第、未来は私たちのもの、幸せは状態だし自分次第…と、美津さんの言葉は何処までも生きるための可能性を拡げ、私たちを楽にしてくれる。
美津さんが沖縄に関わっていることを私はこの映画で初めて知ったが、何より「いのち」を、体を大事に考える美津さんだから納得がいった。「自分の居るこの場所から、沖縄が受けている理不尽と闘っていきたい」「沖縄をこのままにして、私は死ねない」と沖縄に拘る美津さんが、私は嬉しかった。自分自身に拘り、世界に拘る。だから、私が変わることが世界を変えていく。美津さんの主張は、基本の「き」が変わらない。いつまでも、いつだって美津さんの中には「膝を抱えて泣いている少女」がいる。
美津さんのこれまで…大変だったその道を、ドキュメンタリーの中で美津さんは軽やかに言葉に紡ぐ。まだまだひどい男女差別の世の中。腹の立つこと、満載。それでも体を大切に、時々腰をかがめて休んで、でも歩を進めることは止めない。
齢を重ね、様々な経験を積み、自分や周りに拘り続ける「リブの旗手」。洗いざらしの木綿のような、余分なものをこそげ落とした中から発せられる美津さんのやわらかな言葉に、私は安堵する。美津さんと同じ時代を生きて一緒に年を取り、人生のすぐ横に美津さんの言葉があった幸せ。この映画でまた、私は美津さんからエネルギーの源…光輝く玉を貰うことができた。公式ウエブサイトはこちら。(永野眞理)
(参考文献:『この星は、私の星じゃない』田中美津著 岩波書店 2019)
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