19世紀ロシア、サンクトペテルブルグ。14歳になる貴族の子女サーシャは、父母と3人で暮らしていた。大好きな祖父は、1年前に北極航路の探検に出たまま行方不明となってしまい、捜索船が出たものの行方が分からずにいた。そのため、祖父の名が付けられる予定だった科学アカデミーの図書館も開館されず、ロシア高官の父は、地に落ちた家族の名誉をなんとか取り戻そうとしていた。彼は、もうすぐ社交界デビューするサーシャを皇帝の甥っ子であるトムスキー王子に気に入らせ、自分をローマ大使に登用してもらおうと画策する。

舞踏会の準備をしていたときのこと、サーシャは思い出のイヤリングを探しに入った祖父の部屋から、一枚のメモを見つけた。それは、捜索船がたどった航路が、祖父の進んだ航路とは異なっていたことを示すものだった。サーシャはそのメモを手に、舞踏会のフロアで王子に再度の捜索を訴えるが一蹴され、父親からは、王子の機嫌を取るはずの機会を台無しにしたとなじられてしまう。その晩、一人で祖父を探しに行こうと心に決めたサーシャは、静かに家を抜け出した――。

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アヌシー国際アニメーション映画祭2015で観客賞、TAAF(東京アニメアワードフェスティバル)2016でグランプリを受賞した本作は、全編、シンプルな色とデザインのもつ力に強く魅了される作品だ。「ベタ塗り」で表現されたキャラクターや景観の上に現れる光と影、グラデーションを多用しない風景描写の配色の美しさに圧倒される。カメラワークもシンプルで力強く、印象的。ハスキーな声のサーシャは、少年少女に高い声をあてることが多い日本のアニメと比べ、ずいぶん自立した人物に見える。基本的に扉の音や足音、風の音などの環境音だけですすむ物語の中に、ふいに挟みこまれるポップな音楽も意外性があって心が躍らされる(フランスのバンド、シド・マターズの作曲家ジョナサン・モラリが音楽を担当。自身の「Hi Life」という曲の入るタイミングがものすごくいいです)。

冒険をしたいという気持ちの大きさに、性別は関係ない。だから、数少ない「女の子の冒険の物語」は手放しで喜びたいし、その設定だけでワクワクする。だが、女の子の冒険には、たいてい男の子の冒険にはない要素/性別によるリスクが含まれる。それは、異性に誘惑をされたり、揶揄われたりする経験、カワイイのに/カワイイから(「女である」と入れ替えても同じ)とマウントをとられたりする経験だ。男の子の場合は、子どもだからと軽んじられることはあっても、男の子だからという理由で低く見つもられ、冒険を邪魔されることはありえない(もちろん、逆に「男になれ」と謎のハードルを課されることはある)。本作でサーシャが魅力的なのは、このリスクを軽々とはね返す志と勇敢さ-おそらく亡き祖父から受け取ったそれら-を、気高さとともに湛えているからだ。彼女の旅をサポートする船乗りたちも皆、無骨だが温かみのある人物として描かれる。本当の社会も、こんなふうに女の子たちが理不尽な暴力から解放されていればいいのにと、心から思ってしまう。

本作は、レミ・シャイエ監督の初監督(兼原画担当)作品となる。制作中の次作は、西部開拓時代のアメリカで、乗馬と射撃の名手(ガンファイター)として知られる「カラミティ・ジェーン」の少女時代を描くものだという。次作も今から楽しみで仕方がないが、まずは本作の世界にぜひ、どっぷりと浸かってみてほしい。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)


現在、東京都写真美術館ホール、京都・出町座ほか、全国各地の劇場で公開中。愛知では10/19(土)より名古屋シネマテークにて、群馬でも10/19(土)より前橋シネマハウスにて公開!

英題: Long Way North
原題: TOUT EN HAUT DU MONDE(世界の頂点で)
監督: レミ・シャイエ
脚本: クレール・パオレッティ/パトリシア・バレイクス
作画監督: リアン - チョー・ハン
音楽: ジョナサン・モラリ
配給: リスキット / 太秦
特別協力: 東京アニメアワードフェスティバル
協力: キャトルステラ/スタジオJumo/Stylab
(2015年/フランス・デンマーク/81分/シネマスコープ)
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