中国の、炭鉱業が廃れた小さな田舎町。親友の妻と一夜を過ごしたチェン(チャン・ユー)は、その朝、自分の目の前で親友に自殺されてしまう。一方、娘夫婦と孫娘と共に暮らすジン(リー・ツォンシー)は、同じ朝、娘夫婦から「娘の進学のために3人で文教地区へ引っ越したいから、老人ホームに入ってくれませんか」と懇願された。
その日、ジンと同じ団地に住む高校生のブー(ポン・ユーチャン)は、友達をかばって不良の同級生と言い争ううち、あやまって彼を学校の階段から突き落としてしまう。ブーと同級生のリン(ワン・ユーウェン)は、人知れず学校の副主任教諭と不倫関係にあり、その日も終業後に喫茶店で落ち合うが――。
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すっかり活気を失い色あせた町に住む、年齢も境遇も異なる4人。同じ町で孤独と苛立ちを抱え、閉塞感に満ちた日常を送る4人が、ある日それぞれ、途方に暮れるしかない出来事に見舞われてしまう。その4人が絶望を抱えて出会い、関りをもつことになる「ある一日」が濃密に描かれる234分だ。
起きてしまった悲劇を誰かのせいにして言い募ったり罵ったりしても、その声は誰のところにも響かない。親や家族から疎まれ、自分の存在を肯定してくれる人は誰もおらず、あるいは肯定してくれると思っていた存在を失い、行くあても帰る場所もない4人に、ひょんなことから接点が生まれる。彼らをつなぐのは、この街から2300キロ先の、中国の北端にある「満州里」にある動物園で1日中座り続けているという、奇妙な象の存在だ。
本作の監督フー・ボー(胡波)は1988年、中国・山東省生まれ。この作品を完成させた後、公開前に29歳の若さで自死を選んだ。この作品に寄せる彼のコメントが、公式サイトに載っている。彼が、世界に残した唯一の長編作品で何を語ろうとしていたかが示されており、少し長いが全文を引用したい。これは中国だけの話ではない、ということも分かるはずだ。
“彼は世界の美しさには秘密が隠されていると思った。世界の心臓は恐ろしい犠牲を払って脈打っているのであり、世界の苦悩と美は互いに様々な形で平衡を保ちながら関連し合っているのであって、このようなすさまじい欠落のなかでさまざまな生き物の血が究極的には一輪の花の幻想を得るために流されているのかもしれなかった”
このコーマック・マッカーシーの小説「すべての美しい馬」からの引用は、この映画の主題でもあります。私たちの世代では、それがどんなに些細なことであっても、信じるということが難しくなっています。そして、その苛立ちが今日の社会の特徴になっています。この映画は日常の中に私的な物語を積み上げています。最後に、みなそれぞれが最も大事にしていたものを失うことになる。
人は、誰からも必要とされていないと思ってしまうとき、誰でもいいから必要としてくれる人にすがりたくなる。あるいは、およそ信じがたいものに自分を預けてしまうことがある。リンが、自分と教員が不倫関係にあることをSNSに拡散され、教員との関係を母親に打ち明けるシーンには涙がこぼれてしまった。
自分はこの世界から疎外されている、と思っている人たちにとって、本作が何某かの救いになるとは思えない。なにより、監督自身がこの作品を置いて、この世界から去ってしまったのだから。けれど、そう思いながら生きている人は多いのだ。そのことを、世界へ向けて強烈に訴える作品である。キャストの4人が、物語のとおりに生きているとしか思えない、力のある演技を見せる。彼らを突き動かしていく、ホァ・ルンの音楽もすばらしい。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
東京・シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー!現在、愛知・名古屋シネマテーク、愛媛・シネマルナティックで上映中。そのほか、全国各地で順次公開!
監督・脚本・編集:フー・ボー
出演:チャン・ユー、ポン・ユーチャン、ワン・ユーウェン、リー・ツォンシー
撮影:ファン・チャオ 録音:バイ・ルイチョウ 音楽:ホァ・ルン
美術:シェ・リージャ サウンドデザイン:ロウ・クン
2018年/中国/原題:大象席地而坐/英題:An Elephant Sitting Still/カラー/234分
配給:ビターズ・エンド
bitters.co.jp/elephant
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